・・・が、露柴はうんとか、ええとか、好い加減な返事しかしてくれなかった。のみならず彼も中てられたのか、電燈の光に背きながら、わざと鳥打帽を目深にしていた。 保吉はやむを得ず風中や如丹と、食物の事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。この・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・「何でもない。何でもないよ。」「だってこんなに汗をかいて、――この夏は内地へ帰りましょうよ。ねえ、あなた、久しぶりに内地へ帰りましょうよ。」「うん、内地へ帰ることにしよう。内地へ帰って暮らすことにしよう。」 五分、十分、二十・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・八っちゃんはまだ三つですぐ忘れるから、そういったら先刻のように丸い握拳だけうんと手を延ばしてくれるかもしれないと思った。「八っちゃん」 といおうとして僕はその方を見た。 そうしたら八っちゃんは婆やのお尻の所で遊んでいたが真赤な顔・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・瀬古 ふうん、おはぎを……強勢だなあ、いくつ食べたい。とも子 まあいやな瀬古さん。瀬古 そうしておはぎはあんこのかい、きなこのかい、それとも胡麻……白状おし、どれをいくつ……沢本 瀬古やめないか、俺はほんとうに怒るぞ。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「うん。すぐだ。」不機嫌な返事をして、神経の興奮を隠そうとしている。さて黒の上衣を着る。髯を綺麗に剃った顋の所の人と違っている顔が殊更に引き立って見える。食堂へ出て来る。 奥さんは遠慮らしく夫の顔を一寸見て、すぐに横を向いて、珈琲の・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・――西瓜が好かったらこみで行きねえ、中は赤いぜ、うけ合だ。……えヘッヘッ。」 きゃあらきゃあらと若い奴、蜩の化けた声を出す。「真桑、李を噛るなら、あとで塩湯を飲みなよ。――うんにゃ飲みなよ。大金のかかった身体だ。」 と大爺は大王・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「あたいだって知ってら、うれしいなァ」 父の笑顔を見て満足した姉妹はやがてふたたび振り返りつつ、「お父さん、あら稲の穂が出てるよ。お父さん早い稲だねィ」「うん早稲だからだよ」「わせってなにお父さん」「早稲というのは早・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・万年博士が『天網島』を持って来て、「さんじやうばつからうんころとつころ」とは何の事だと質問した時は、有繋の緑雨も閉口して兜を抜いで降参した。その頃の若い学士たちの馬鹿々々しい質問や楽屋落や内緒咄の剔抉きが後の『おぼえ帳』や『控え帳』の材料と・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、正吉くんが、いうと、「うん、こんどしよう。妹が、待っているから、早く帰らなければならないよ。」「君の家は、遠いの。」「遠いけど、自転車に乗ってゆけば、すぐだ。君、いっしょに遊びにおいでよ。」と、知らない子は、誘いました。正吉・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・「見たところよく吸うようだが、日に何本吸うんだ」「日によって違うが、徹夜で仕事すると、七八十本は確実だね。人にもくれてやるから、百本になる日もある」「一本二円として、一日二百円か。月にして六千円……」 私は唸った。「それ・・・ 織田作之助 「鬼」
出典:青空文庫