・・・「俺しがこうして齷齪とこの年になるまで苦労しているのもおかしなことだが……」 父の声は改まってしんみりとひとりごとのようになった。「今お前は理想屋だとか言ったな。それだ。俺しはこのとおりの男だ。土百姓同様の貧乏士族の家に生まれて・・・ 有島武郎 「親子」
・・・一五 長々とこんなことを言うのもおかしなものだ。自分も相対界の飯を喰っている人間であるから、この議論にはすぐアンチセシスが起こってくることであろう。 有島武郎 「二つの道」
・・・―― これを聞いて、かねて、知っていたせいであろう。おかしな事には、いま私たちが寄凭るばかりにしている、この欄干が、まわりにぐるりと板敷を取って、階子壇を長方形の大穴に抜いて、押廻わして、しかも新しく切立っているので、はじめから、たとえ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ が、おかしな売方、一頭々々を、あの鰭の黄ばんだ、黒斑なのを、ずぼんと裏返しに、どろりと脂ぎって、ぬらぬらと白い腹を仰向けて並べて置く。 もしただ二つ並ぼうものなら、切落して生々しい女の乳房だ。……しかも真中に、ズキリと庖丁目を入れ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・と自分で叫びながら、漸く、向うの橋詰までくると、其処に白い着物を着た男が、一人立っていて盛に笑っているのだ、おかしな奴だと思って不図見ると、交番所の前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・ところが、世間というものはおかしなもので、そんな風に二度まで新聞に書かれたためか、私はたちまち町の人気者みたいになってしまった。何しろ世を挙げて宣伝の時代、ある大きな酒場では私をボーイに雇いたいと言ってきました。うっかり応じたら、私はまた新・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・と書いたりすれば、まことにおかしな[#「な」は底本では判読不可。268-上-8]ことではないか。 話は外れたが、書きにくい会話の中でも、大阪弁ほど書きにくいものはない。大阪に生れ大阪に育って小説を勉強している人でも、大阪弁が満足に書・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・好感興悪感興――これはおかしな言葉に違いないが、併し人間は好い感興に活きることが出来ないとすれば、悪い感興にでも活きなければならぬ、追求しなければならぬ。そうにでもしなければこの人生という処は実に堪え難い処だ! 併し食わなければならぬという・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・時に吉さん女房を持つ気はないかね』と、突然におかしな事を言い出されて吉次はあきれ、茶店の主人幸衛門の顔をのぞくようにして見るに戯談とも思われぬところあり。『ヘイ女房ね。』『女房をサ、何もそんなに感心する事はなかろう、今度のようなちよ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・するとキャッという女の声、驚いて下を見ますと、三人の子供は何に恐れたのか、枯れ木を背負ったままアタフタと逃げ出して、たちまち石垣のかなたにその姿を隠してしまいました。おかしなことと私はその近所を注意して見おろしていると、薄暗い森の奥から下草・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
出典:青空文庫