・・・娘は、自分の思いつきで、きれいな絵を描いたら、みんなが喜んで、ろうそくを買うだろうと思いましたから、そのことをおじいさんに話しますと、そんならおまえの好きな絵を、ためしにかいてみるがいいと答えました。 娘は、赤い絵の具で、白いろうそくに・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・女がいるのを見て、あっと思ったらしかったが、すぐにこにこした顔になると、「さあ、買うて来ましたぜ」 と、新聞紙に包んだものを、私の前に置いた。罎のようだったから、訳がわからず、変な顔をしていると、男は上機嫌に、「石油だ。石油だす・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 夕方近くになって、彼は晩の米を買う金を一円、五十銭と貰っては、帰って来る。と、彼は帰りの電車の中でつく/″\と考える。――いや、彼を使ってやろうというような人間がそんなのばかりなのかも知れないが。で彼は、彼等の酷使に堪え兼ねては、逃げ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 女を買うということが、こんなにも暗く彼の生活へ、夢に出るまで、浸み込んで来たのかと喬は思った。現実の生活にあっても、彼が女の児の相手になっている。そしてその児が意地の悪いことをしたりする。そんなときふと邪慳な娼婦は心に浮かび、喬は堪ら・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・小松の温泉に景勝の第一を占めて、さしも賑わい合えりし梅屋の上も下も、尾越しに通う鹿笛の音に哀れを誘われて、廊下を行き交う足音もやや淋しくなりぬ。車のあとより車の多くは旅鞄と客とを載せて、一里先なる停車場を指して走りぬ。膳の通い茶の通いに、久・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・公立八雲小学校の事は大河でなければ竹箒一本買うことも決定るわけにゆかぬ次第。校長になってから二年目に升屋の老人、遂に女房の世話まで焼いて、お政を自分の妻にした。子が出来た。お政も子供も病身、健康なは自分ばかり。それでも一家無事に平和に、これ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・大衆を啓蒙すべきか、二、三の法種を鉗鎚すべきか、支那の飢饉に義捐すべきか、愛児の靴を買うべきかはアプリオリに選択できることではない。個々の価値、個々の善を見ずして、あらゆる場合に正しき選択をなし得るような一般的心術そのものをきめようとする倫・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・誰れにも区別なく麦を添加するのは、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・「豚を十匹ほど飼うたら、子供の学資くらい取られんこともないんじゃがな、……何にせ、ここじゃ、貧乏人は上の学校へやれんことにしとるせに、奉公にやったと云うとかにゃいかんて。」と、叔父は繰り返した。 おきのは、叔父の注意に従って、息子の・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・彼等も、耕すか、家畜を飼うかして、口を糊しているのだ。上等兵はそういうことを考えた。――同様に悲しむ親や子供を持っているのだ。 こんなことをして彼等を撃ち、家を焼いたところで、自分には何にも利益がありやしないのだ。 流れて来る煙に巻・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
出典:青空文庫