・・・ゾラは『田園』と題する興味ある小品によって、近頃の巴里人が都会の直ぐ外なるセエヌ河畔の風景を愛するようになったその来歴を委しく語って、偶然にも自分をして巴里人と江戸の人との風流を比較せしめた。 ゾラの所論によると昔の巴里人は郊外の風景に・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・もしこれを思出されたなら、わたくしの雑著についての賛辞は過半取消されるにちがいない。 明治四十一年の秋西洋から帰って後、わたくしは間もなく『すみだ川』の如き小説をつくった。しかし執筆の当時には特に江戸趣味を鼓吹する心はなかった。洋行中仏・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・思うに紐育市ハドソン河畔の公園に似て非なるが如きものが、ここに経営せられるのではなかろうか。とにかく隅田川両岸の光景は遠からずして全く一変し、徃昔の風致は遂に前代の絵画文学について見るの外全く想像しがたきものとなってしまうのである。 隅・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ その後一年ほどたってから再び元八まんの祠を尋ねると、古い社殿はいつの間にか新しいものに建替えられ、夕闇にすかし見た境内の廃趣は過半なくなっていた。世相の急変は啻に繁華な町のみではなく、この辺鄙にあってもまた免れないのである。わたくしは・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ この篇は事実らしく書き流してあるが、実のところ過半想像的の文字であるから、見る人はその心で読まれん事を希望する、塔の歴史に関して時々戯曲的に面白そうな事柄を撰んで綴り込んで見たが、甘く行かんので所々不自然の痕迹が見えるのはやむをえ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
過般、榎本文部大臣が地方官に向って徳育の事を語り、大臣は儒教主義をとる者にして、いずれ近日儒教の要を取捨して、学生のために一書を編纂せしむべしとのことなり。然るに、徳教書編纂の事は、先年も文部省に発起して、すでに故森大臣の・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・世界の多くの国々をみれば、人口の過半を占める婦人たちは、遙か昔に、自分たちの生活する社会の運営に参加している。そして、その自然な経過として、先ず身近な地方自治体への選挙、被選挙権の行使から、彼女たちの政治的発足をしている。イギリスでは一八六・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・愚劣なもの、醜悪卑劣なもの、同時に賢明、純良、壮大であり横溢的で、すべての現象が、現世界の全保有量の過半をしめるアメリカ的社会の上に満開している。その失業やストライキや住宅難もともに。ソヴェト作家シーモノフは、このアメリカの巨大な有機体のな・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ 進歩党は、過般、築地の待合金田中へ、数人のお歴々女史を招待した。そして、参集した何人かの女史に、党内の重要な椅子を提供した。 金田中といえば待合政治の根城として、誰知らぬ者はない。女も古参女史になれば男と同等、政治談合を待合でやっ・・・ 宮本百合子 「人間の道義」
・・・ 生活の安全、幸福と云うものは、只、金でだけ保障されると思って媒妁人は、心から彼女の為を計って、却って、富の程度に比例した非人間に、彼女を紹介する誤を犯して仕舞ったのです。 過般、私が遭った時、彼女は、噂に聞いて陰ながら悦んでいた二・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫