・・・ するとある曇った午後、△△は火薬庫に火のはいったために俄かに恐しい爆声を挙げ、半ば海中に横になってしまった。××は勿論びっくりした。(もっとも大勢の職工たちはこの××の震海戦もしない△△の急に片輪になってしまう、――それは実際××には・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突出し巌に腰を掛けしことしばしばなり、今は火薬の力もて危うき崖も裂かれたれど。「否、彼とてもいかで初めより独り暮さんや。「妻は美しかりし。名を百合と呼び、大入島の生まれなり。人の噂をなかば偽・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・兵士は、左右によけて、そこを通りぬけた。火薬の臭いが、永井の鼻にぷんときた。 すぐ眼のさきの傾斜の上にある小高い百姓家の窓から、ロシア人が、こっちをねらって射撃していた。「何しにこんなところまで、おりてきたんだい。俺れゃ、人をうち殺・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・化学工場からは、毒瓦斯を、肥料工場からは――肥料会社は、肥料を高い値で百姓に売りつけるが、必要に応じて、そこから火薬が出来るようになっている。無線電信も、鉄道も、汽船も、映画や、演劇までも、帝国主義ブルジョアジーは、それを××のために、或は・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・医少佐以下の沈着なしょちで、火が来るまえに、看護婦たちにたん架をかつがせなどして、すべての患者を裏手のうめ立て地なぞへうつしておいたのですが、同夜八時ごろには病院も焼け落ち、十一時半には構内にある第一火薬庫がばく発し、第二火薬庫もあやうくな・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・駅は、たったいま爆撃せられたらしく、火薬の匂いみたいなものさえ感ぜられたくらいで、倒壊した駅の建物から黄色い砂ほこりが濛々と舞い立っていました。 ちょうど、東北地方がさかんに空襲を受けていた頃で、仙台は既に大半焼かれ、また私たちが上野駅・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。大砲の煙などは煙のうちでもずいぶん高価な煙であろうと思うが、しかし国防のためなら止むを得ないラキジュリーであろう。ただ平・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・撮影が終わると待ち兼ねていた銃口からいっせいに薄い無煙火薬の煙がほとばしる。親熊は突然あと足を折って尻もちをつくような格好をして一度ぐるりと回るかと思うと、急いで駆け出すが、すぐに後ろを振りむいて何かしら自分の腰に食いついている目に見えぬ敵・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・こういう風に、聯想の火薬に点火するための口火のようなものを巧みに選び出す伎倆は、おそらく俳諧における彼の習練から来たものではないかと思われる。もう一つの例は『一代女』の終りに近く、ヒロインの一代の薄暮、多分雨のそぼ降る折柄でもあったろう「お・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・崖の風化した柔らかい岩の中に花崗石の大きな塊がはまっているのを火薬で割って出すらしい。石のくずを方七八分ぐらいに砕いて選り分けている。これを道路に敷くのだと見えて蒸気ローラーが向こうに見える。その煙突からいらだたしくジリジリと出る煙を見ても・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫