・・・もっともアレだけの巻数を重ねたのはやはり相当の人気があったのであろうが、極めて空疎な武勇談を反覆するのみで曲亭の作と同日に語るべきものではない。『八犬伝』もまた末尾に近づくにしたがって強弩の末魯縞を穿つあたわざる憾みが些かないではないが、二・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・私はお世話になったが、お世話を甘受しなかった事もあるから、事に由ると世話甲斐のない男だと思われてるかも知れぬがシカシ心中では常にお世話になった事を感謝しておる。故二葉亭に関する坪内君の厚情は実に言舌を以て尽しがたいほどで、私如きは二葉亭とは・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・いたのをのせ、その上から車の心棒の油みたいな色をした、しかし割に甘さのしつこくない蜜をかぶせて仲々味が良いので、しばしば出掛け、なんやあの人男だてらにけったいな人やわという娘たちの視線を、随分狼狽して甘受するのである。 五年前、つまり私・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そして他の若い無邪気な同窓生から大噐晩成先生などという諢名、それは年齢の相違と年寄じみた態度とから与えられた諢名を、臆病臭い微笑でもって甘受しつつ、平然として独自一個の地歩を占めつつ在学した。実際大噐晩成先生の在学態度は、その同窓間の無邪気・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・と、先刻からこの少年に対して自分の抱いていた感想は全く誤っていて、この少年もまた他の同じ位の年齢の児童と同様に真率で温和で少年らしい愛らしい無邪気な感情の所有者であり、そしてその上に聡明さのあることが感受された。その眼は清らかに澄み、その面・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・彼らは、みなこの運命を甘受すべき準備をなしている。 故に、人間の死ぬのは、もはや問題ではない。問題は、実に、いつ、いかにして死ぬかにある。むしろ、その死にいたるまでに、いかなる生をうけ、かつ送ったかにあらねばならない。 ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・して自己の為めに死に抗するも自然である、長じて種の為めに生を軽んずるに至るのも自然である、是れ矛盾ではなくして正当の順序である、人間の本能は必しも正当・自然の死を恐怖する者ではない、彼等は皆な此運命を甘受すべき準備を為して居る。 故に人・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ ところで、私の最初の考えでは、この選集の巻数がいくら多くなってもかまわぬ、なるべく、井伏さんの作品の全部を収録してみたい、そんな考えでいたのであるが、井伏さんはそれに頑固に反対なさって、巻数が、どんなに少くなってもかまわぬ、駄作はこの・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・図々しい、わがままだ、勝手だ、なまいきだ、だらしない、いかなる叱正をも甘受いたす覚悟です。只今、仕事をして居ります。この仕事ができれば、お金がはいります。一日早ければ一日早いだけ助かります。二十日に要るのですけれど。おそくだと、私のほうでも・・・ 太宰治 「誰」
・・・彼がどれだけ多くの日本映画を見てそう言ったかはわかりかねるが、この批評はある度までは甘受しなければなるまい。なんとなればわが国の映画製作者でも批評家でも日本固有文化に関心をもって、これに立脚して製作し批評しているらしい人は少なくも自分の目に・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫