・・・ そこで、丹造は直営店の乾某がかつて呼吸器を痛めた経験があるを奇貨とし、主恩で縛りあげて、無理矢理に出鱈目の感謝状と写真を徴発した。これが大正十年、肺病全快広告としてあらわれた写真の嚆矢である。 ついで、彼は全国の支店、直営店へ、肺・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そう思って、新吉は世相の表面に泛んだ現象を、出来るだけ多く作品の中に投げ込んでみたのだが、多角形の辺を増せば円になるというのは、幾何学の夢に過ぎないのではなかろうか。しかし、円い玉子も切りようで四角いということもあろう。が、その切りようが新・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・私、眠くなって了ったわ、だからアーメンと言ったら、貴下怒っちゃったじゃアありませんか。ねエ朝田様。」「そうですとも、だからその石は頗る妙、大いに面白しと言うんですねエ。」「神崎様、昨夕の敵打ちよ!」「たしかに打たれました。けれど・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 細川は直ちに起って室を出ると、突伏して泣いていた梅子は急に起て玄関まで送って来て、「貴下何卒父の言葉を気になさらないで……御存知の通りな気性で御座いますから!」とおろおろ声で言った。「イイエ決して気には留めません、何卒先生を御・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・「否エ妾になれって明白とは言わないけれど、妾々ッて世間で大変悪く言うが芸者なんかと比較ると幾何いいか知れない、一人の男を旦那にするのだからって……まあ何という言葉でしょう……私は口惜くって堪りませんでしたの。矢張身を売るのは同じことだと・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・如く絶望し、手足も動かせぬようになったけれども、さてあるべきではありませぬから、自分たちも今度は滑って死ぬばかりか、不測の運命に臨んでいる身と思いながら段下りてまいりまして、そうして漸く午後の六時頃に幾何か危険の少いところまで下りて来ました・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・すると丹泉は莞爾と笑って、「この鼎は実は貴家から出たのでござりまする。かつて貴堂において貴鼎を拝見しました時、拙者はその大小軽重形貌精神、一切を挙げて拙者の胸中に了りょうりょうと会得しました。そこで実は倣ってこれを造りましたので、あり体に申・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・何ぞと見るに雉子の雌鳥なれば、あわれ狩する時ならばといいつつそのままやみしが、大路を去る幾何もあらぬところに雉子などの遊べるをもておもえば、土地のさまも測り知るべきなり。 かくてようやく大路に出でたる頃は、さまで道のりをあゆみしにあらね・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・不規則螺線サ、此奴が実にむずかしいのだ、メチャメチャに蚯蚓の搦み合たようの奴だ、まだこの外に大変に螺線の類があるのサ、詳くいえば二十八通りの螺線があるよ、尚詳しくいえば四万八千ぐらいあるのだがネ、君が幾何学的思想に富んでいれば直に分るのサ。・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸へ往くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、殿「直にこれへ……金田氏貴公も予て此の七兵衞は御存じだろう、不断はまるで馬鹿だね、始終心の中で何か考えて居って、何を問い掛・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
出典:青空文庫