・・・「南の事じゃ、トルバダウの歌の聞ける国じゃ」「主がいにたいと云うのか」「わしは行かぬ、知れた事よ。もう六つ、日の出を見れば、夜鴉の栖を根から海へ蹴落す役目があるわ。日の永い国へ渡ったら主の顔色が善くなろうと思うての親切からじゃ。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・おのがすみかあまたたび所うつりかへけれど、いづこもいづこも家に井なきところのみ、妻して水汲みはこばする事もかきかぞふれば二十年あまりの年をぞへにきける、あはれ今はめもやうやう老にたれば、いつまでかかくてあらすべきとて、貧き中にもおも・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ それは混乱がそのまま語られているわけだが、みんな映画通ではあるまいし、生活のいろんな心持の要求で観たのだから、それなりの真率さが流露してきくものの心持では素直にきける。本質はそういうものなのに、考えた言葉に翻訳してあんな風に云うことは・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・――ラジオを階級のために―― 新聞はよめない婆さんも、ラジオでならスターリンの演説もきけるというものだ。 五ヵ年計画はこの階級的文化の声を、都会の勤労者住宅居住者五〇パーセントに、農村では三五パーセントの農戸へ響・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・うちにピアノがほしいけれどもピアノがあったらよしあしだろうからそれよりレコードをきけるようにしたいと思っています。国府津へ国男が父親になった記念に大変いいラジオをすえつけて上げたので親父さんはもう、東京だと思って聞いていたらそれは上海であっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 農村でもラジオは非常に発達して、モスクワから何百露里も離れた田舎でメーデーの音楽やスターリンの演説を聞ける。 今度五ヵ年計画で集団農場がどんどん出来て行く。郵電省は自身の五ヵ年計画で数千の「ラジオ中心」を集団農場へ新設しつつある。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の芝居・キネマ・ラジオ」
・・・世界の声のきける短波のラジオは使用禁止され、ラジオは軍部、情報局のさしずどおり、一九四五年八月のあと、大部分が虚偽であったとわかった大本営発表を叫びつづけていた。母子の愛情、夫婦や愛人同士の愛や希望や計画などは、ほんとに口に出すことの許され・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ そして、あのとき、もし自分が大人だったら、そうっと彼が泣く訳を聞けるだろうのにと思った心持は、そのときよりはっきりとした解答、彼の泣いた訳も、結果も分っているという心持を伴って、一層の同情を喚び起したのである。「彼も人間である。私・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・風の工合で、竹垣のところから、牛小舎の匂いがほんのりきけるときがあった。牛小舎の匂いは、すべっこくて、柔かくて、そして甘かった。におっていると、いいこころもちがした。牛小舎は、牧場のむこうにトタン屋根を光らせている。 子供たちがうっとり・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 十四日の朝、二人がやっと口をきけるようになったとき、重吉はひろ子に、「どうだろう」と相談した。「みんなに一応挨拶した方がいいだろう?」 その一つの家に、焼け出された知人の一家をはじめ三家族が暮していた。その知人と、裏の・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫