・・・いいかげんなことを言って引っ張るくらいなら、いっそきっぱり今のうちに断わるほうが得策だから」「いまさら断わるなんて、僕はごめんだなあ。実際叔父さん、僕はあの人が好きなんだから」 重吉の様子にどこといって嘘らしいところは見えなかった。・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・もしそれも出来なければ円形か四角か六角かにきっぱり切った石を建ててもらいたい。彼自然石という薄ッぺらな石に字の沢山彫ってあるのは大々嫌いだ。石を建てても碑文だの碑銘だのいうは全く御免蒙りたい。句や歌を彫る事は七里ケッパイいやだ。もし名前でも・・・ 正岡子規 「墓」
・・・けれども俄かにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」 ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 政子さんは、そんな時後から独りで考えると、真個にお気の毒な事をしてしまった、芳子さんはさぞ淋しかったであろうと思うのですけれども、皆がそうして呉れる時にきっぱりと、「皆一緒に遊びましょう、芳子さんも一緒に」と云う丈の勇気は、政・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ インガがきっぱり云った。「私が機械のための場所は見つけます!」「すると……」 ニェムツェウィッチは執念深く云った。「僕がこれまでやったことは。すっかりフイというわけですか?」「タワーリシチ、ニェムツェウィッチ! 貴・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ ――○―― 小剣氏の様に又、鈴木氏の様にあまり物事がきっぱりきっぱりがすきと云う人は、私のきらいな人である。 あまりきっちりきっちりして居るところに驚くべき美がないと同時に、驚歎するだけの生活もないものである。・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・生みの力と絶えず争いつづける死の偉大な意味、その心などは人間にはきっぱり分りきって仕舞うものではあるまい。少くとも今の私には死の意味をさとる――その気持を思う事は出来ないにきまって居る。 出来ないと知りつつも私の今の気持ではそれを思わず・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・叔父は一面詞を尽して慰めたが、一面女は連れて行かぬと、きっぱり言い渡した。りよは涙を拭いて、縫いさした脚絆をそっと側にあった風呂敷包の中にしまった。 酒井忠実は月番老中大久保加賀守忠真と三奉行とに届済の上で、二月二十六日附を以て、宇・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・およめに往くということはどういうわけのものか、ろくにわからずに申すかと存じまして、いろいろ聞いてみましたが、あちらでもろうてさえ下さるなら自分は往きたいと、きっぱり申すのでございます。いかにも差出がましいことでございまして、あちらの思わくも・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・といいましたら、奥様が妙に苦々しい笑いようを為って、急に改まって、きっぱりと「マアぼうは、そんなことを決していうのじゃありませんよ、坊はやっぱりそのままがわたしには幾ら好のか知れぬ、坊のその嬉しそうな目付、そのまじめな口元、ひとつも変えたい・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫