・・・と圭さんが幾重となく起伏する青い草の海を指す。「痛快でもないぜ。帽子が飛んじまった」「帽子が飛んだ? いいじゃないか帽子が飛んだって。取ってくるさ。取って来てやろうか」 圭さんは、いきなり、自分の帽子の上へ蝙蝠傘を重しに置いて、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・そのようにわたしたちは、起伏する社会現象をはげしく身にうけながら、そこからさまざまの感想と批判と疑問とをとり出しつつ、人間らしい人生を求める航路そのものを放棄してはいない。昔の女性が世間智でとりあつめた常識は、すでにやぶれた。身のまわりに渦・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・ この、歴史的な起伏のあらましのうちに、私たちは、何か感じるものがありはしないだろうか。一部の人々によって批評されているように、連記制のおかげで女が得をした、珍しがられて得をした、というだけのことでもないと思えるし、同時に、数の多さは、・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・数哩へだたった山々はゆるやかな起伏をもってうっすりと、あったまった大気の中に連っているのであるが、昔山々と市街との間をつないでいた村落や田園は片影をとどめない。 今日あるものは、満目の白い十字の墓標である。幾万をもって数えられるかと思う・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・進行中の長篇は起伏を通じて労働者階級の歴史的使命の展望にたって書かれている。どんなに見かけのいい形容詞に飾られようと、小市民作家として完成するために私は党の列伍に加ったのではない。 投書に答えたことばじりをとらえて、私が文化反動との闘争・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・ 駒沢へ出る街道から右に切れると、畑の起伏が多く、景色は変化に富んで愉快であった。午後の斜光を背後から受けてキラキラ光る薄の穂、黄葉した遠くの樹木、大根畑や菜畑の軟かい黒土と活々した緑の鮮やかな対照。 九品仏は今は殆ど廃寺に等しい。・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・それにも拘らず、その峰から峰へと絶えない起伏の重なりのせいか、或は歴史的の連想によってか、鎌倉の山は一種暗鬱なところがある。昔風な径路のついた山裾を歩いても、岩の間の切通しを見ても何か捕えがたい憂鬱めいたものが心に来る。それゆえ、鎌倉の明月・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・名所ではないが、自然が起伏に富み、畑と樹林が程よく配合され眺めに変化があるのだ。ぶらぶら歩いていると、漠然、自然と人間生活の緩漫な調和、譲り合い持ち合いという気分を感じ長閑になる。つまり、畑や電柱、アンテナなどに文明の波が柔く脈打っているた・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・唯受動的に自己自身と他からの働きかけの間の調整を求めるもの、ただ合図の叫びとして在るのではなく、散文は自己と外からのものとの間から生れた更に新しい一つの人生的な価値を、創作の過程、作品の現実のうちに帰服させつつ、それに拠りたのんでゆくもので・・・ 宮本百合子 「作品のよろこび」
・・・沈黙のうちに、私は全く先生への尊敬と帰服とを感じ、先生が、自分にかけていて下さる篤い心を、日光に浴すように真心から感じていたのである。 あの時分――女学校の四五年の頃を追想すると、斯うやって夏の田舎の屋根裏の小部屋で机に向っていても、種・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
出典:青空文庫