・・・「ソぺールニク……競争者だよ。つまり、恋を争う者なんだ。ははは。」 三 松木も丘をよじ登って行く一人だった。 彼は笑ってすませるような競争者がなかった。 彼は、朗らかな、張りのある声で、「いらっしゃい、どうぞ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ンの征服の紀行によって御承知の通りでありますから、今私が申さなくても夙に御合点のことですが、さてその時に、その前から他の一行即ち伊太利のカレルという人の一群がやはりそこを征服しようとして、両者は自然と競争の形になっていたのであります。しかし・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 鰯が鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、まだ幾万年しかへていない人間社会にあって、つねに弱肉強食の修羅場を演じ、多数の弱者が直接・間接に生存競争の犠牲となるのは、目下のところやむをえぬ現象で、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・兄弟であって、同時に競争者――それは二人の子供に取って避けがたいことのように見えた。なるべく思い思いの道を取らせたい。その意味から言っても、私は二人の子供を引き離したかった。「次郎ちゃん、おもしろい話があるんだが、お前はそれを聞いてくれ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と言っても強壮そうに日に焼けている。 東京の明るい家屋を見慣れた高瀬の眼には、屋根の下も暗い。先生のような清潔好きな人が、よくこのむさくるしい炉辺に坐って平気で煙草が喫めると思われる程だ。 高瀬の来たことを聞いて、逢いに来た町の青年・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・まるで神様みたいな人で、しかし、それもまた、まんざら皆うそではないらしく、他のひとから聞いても、大谷男爵の次男で、有名な詩人だという事に変りはないので、こんな、うちの婆まで、いいとしをして、秋ちゃんと競争してのぼせ上って、さすがに育ちのいい・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・それからまもなく、れいのドカンドカン、シュウシュウがはじまりましたけれども、あの毎日毎夜の大混乱の中でも、私はやはり休むひまもなくあの人の手から、この人の手と、まるでリレー競走のバトンみたいに目まぐるしく渡り歩き、おかげでこのような皺くちゃ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・山上通信は、私の狂躁、凡夫尊俗の様などを表現しよう、他にこんたんございません。先生の愛情については、どんなことがあろうたって、疑いません。こんどの中外公論の小説なども、みんな、――」「うん、まあ、――。」「みんな、だまって居られても・・・ 太宰治 「創生記」
・・・軽薄。狂躁。ほんとうの愛情というものは死ぬまで黙っているものだ。菊のやつが僕にそう教えたことがある。君、ビッグ・ニュウス。どうしようもない。菊が君に惚れているぞ。佐野次郎さんには、死んでも言うものか。死ぬほど好きなひとだもの。そんな逆説めい・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・けれども、ことしの八月に、この海岸線の各部落を縫って走破する駅伝競走というものがあって、この郡の青年たちが大勢参加し、このAの郵便局も、その競争の中継所という事になり、青森を出発した選手が、ここで次の選手と交代になるのだそうで、午前十時少し・・・ 太宰治 「トカトントン」
出典:青空文庫