・・・ それから、三日たって、私が仕事のことよりも、金銭のことで思い悩み、うちにじっとして居れなくて、竹のステッキ持って、海へ出ようと、玄関の戸をがらがらあけたら、外に三人、浴衣着た父と母と、赤い洋服着た女の子と、絵のように美しく並んで立って・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・弁護士や、ポルジイと金銭上の取引をしたもの共が、参考に呼び出される。プラハとウィインとの間を、幾人かの尼君達が旅行せられる。実際鉄道庁で、この線路の列車の往復を一時増加しようかと評議をした位である。無論急行で、一等車ばかりを聯結しようと云う・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・袖の金線でボオイだということが分かる。その手は包みを提げているのである。おれは大熱になった。おれの頭から鹿の角が生える。誰やらあとから追い掛ける。大きな帽子を被った潜水夫がおれの膝に腰を掛ける。 もうパリイへ行こうと思うことなんぞはおれ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・学者の中に折々見受けるような金銭に無関心な人ではないらしい。彼の著者の翻訳者には印税のかなりな分け前を要求して来るというような噂も聞いた。多くの日本人には多少変な感じもするが、ドイツ人という者を知っている人には別にそう不思議とは思われない。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・どんな抽象的な教材でも、それが生徒の心の琴線に共鳴を起させるようにし、好奇心をいつも活かしておかねばならない。」 これは多数の人にとって耳の痛い話である。 この理想が実現せられるとして、教案を立てる際に材料と分布をどうするかという問・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・一枚の代価十三銭であるが、その一枚からわれわれが学べば学び得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なものである。今かりにどれかの一枚を絶版にして、天下に撒布されたあらゆる標本を回収しそのただ一枚だけを残して他はことごとく・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・然し此等の断定の当っていなかった事は、やがて僕等一同が銀座のカッフェーには全く出入しないようになってから、或日突然お民が僕の家へ上り込んで、金銭を強請した時の、其態度と申条とによって証明せられることになった。お民の態度は法律の心得がなくては・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・然し彼等は其僅少な金銭の為に節操を穢しつつある。瞽女でも相当の年頃になれば人に誉められたいのが山々で見えぬ目に口紅もさせば白粉も塗る。お石は其時世を越えて散々な目に逢って来たのである。幾度か相逢ううちにお石も太十の情に絆された。そうでなくと・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 先生の金銭上の考えも、まったく西洋人とは思われないくらい無頓着である。先生の宅に厄介になっていたものなどは、ずいぶん経済の点にかけて、普通の家には見るべからざる自由を与えられているらしく思われた。このまえ会った時、ある蓄財家の話が出た・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・僕のような有徳の君子は貧乏だし、彼らのような愚劣な輩は、人を苦しめるために金銭を使っているし、困った世の中だなあ。いっそ、どうだい、そう云う、ももんがあを十把一とからげにして、阿蘇の噴火口から真逆様に地獄の下へ落しちまったら」「今に落と・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫