・・・よくよく詮議すればどこかにその因って来るべき因縁系統がある。例えば現代の分子説や開闢説でも古い形而上学者の頭の中に彷徨していた幻像に脈絡を通じている。ガス分子論の胚子はルクレチウスの夢みた所である。ニュートンの微粒子説は倒れたが、これに代る・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・それが近代科学の基礎として採用され運用されるようになって以来いっそうの検討と洗練を加えられて、今日では昔の人の思い及ばなかったような複雑でしかも整然と排列された一大系統を成している。もっともそういう方法は普通の科学の教科書には、あらわにはど・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・金相学上の顕微鏡写真帳も、そういうスケールを作るための素材の堆積であるとも言われよう、もし、あの複雑な模様を調和分析にかけた上で、これにさらに統計的分析を加えれば、系統的な分類に基づくスケールを設定することも、少なくも原理的には可能である。・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭の鮮紅色には及ばない。彼地の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・たとえば四つ目垣でも屋根でも芙蓉でも鶏頭でも、いまだかつてこれでやや満足だと思うようにかけた事は一度もないのだから、いくらかいてもそれはいつでも新しく、いつでもちがった垣根や草木である。おそらく一生かいていてもこれらの「物」に飽きるような事・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・白粉花ばかりは咲き残っていたが鶏頭は障子にかくれて丁度見えなかった。熊本の近況から漱石師の噂になって昔話も出た。師は学生の頃は至って寡言な温順な人で学校なども至って欠席が少なかったが子規は俳句分類に取りかかってから欠席ばかりしていたそうだ。・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・道傍、溝の畔に萩みだれ、小さき社の垣根に鶏頭赤きなど、早くも園に入りたる心地す。 この辺紺屋多し。園に達すれば門前に集う車数知れず。小門清楚、「春夏秋冬花不断」の掛額もさびたり。門を入れば萩先ず目に赤く、立て並べたる自転車おびたゞし。左・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ とかく道太と、そして道太と同じ腹から生まれた姉妹とは、その系統はずれであった。「しかしいくつです」「もう七十四です。このお婆さんより二つ上です。少い時分私がこの人を始終お負ぶしてね」 道太はそんながりがりした老婆をかつて見・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ この青い秋のなかに、三人はまた真赤な鶏頭を見つけた。その鮮やかな色の傍には掛茶屋めいた家があって、縁台の上に枝豆の殻を干したまま積んであった。木槿かと思われる真白な花もここかしこに見られた。 やがて車夫が梶棒を下した。暗い幌の中を・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・の中には、ニイチェが非常に著るしく現れて居り、死を直前に凝視してゐたこの作者が、如何に深くニイチェに傾倒して居たかがよく解る。 西洋の詩人や文学者に、あれほど広く大きな影響をあたへたニイチェが、日本ではただ一人、それも死前の僅かな時期に・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫