・・・「高等学校の校医の○○も、○○という体操教師も『君のにいさんはとても高等学校もよう卒業しまいと思っていたが、大学へ行くようになったから、存外かまわないものだ』と言ったと弟が話した。それを聞いてなんだか一種自分というものに対する責任が多少・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・その行為はたとえ狂に近いとも、その志は憐むべきではないか。彼らはもと社会主義者であった。富の分配の不平等に社会の欠陥を見て、生産機関の公有を主張した、社会主義が何が恐い? 世界のどこにでもある。しかるに狭量神経質の政府は、ひどく気にさえ出し・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・日頃何につけても、時代と人情との変遷について感動しやすいわたくしには、母親のこの厚意が何とも言えない嬉しさを覚えさせた。竹の皮を別にして包んだ蓮根の煮附と、刻み鯣とに、少々甘すぎるほど砂糖の入れられていたのも、わたくしには下町育ちの人の好む・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ ○ 繁殖を欲しなければ繁殖の行為をなさざるに若くはない。女子を近づけなければ子供のできる心配はない。女子を近づけながら、しかも繁殖を欲しないのは天理に反いている。わたくしはかつて婦女を後堂に蓄えていたころ、絶・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・さりとて旧友の好意を無にするは更に一層忍びがたしとする所である。 窮余の一策は辛うじて案じ出された。わたしは何故久しく筐底の旧稿に筆をつぐ事ができなかったかを縷陳して、纔に一時の責を塞ぐこととした。題して『十日の菊』となしたのは、災後重・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車というよりは、吾人の知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。 同時に多くのイズムは、零砕の類例が、比較的緻密な頭脳に濾過されて凝結し・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・面に取り残されて、ただ一の木村博士のみが、今日まで学者間に維持せられた比較的位地を飛び離れて、衆目の前に独り偉大に見えるようになったのは少なくとも道義的の不公平を敢てして、一般の社会に妙な誤解を与うる好意的な悪結果である。 社会はただ新・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・したがって、始めての事でもあるしこれほど御集りになった諸君の御厚意に対してもなるべく御満足の行くように、十分面白い講演をして帰りたいのは山々であるけれども、しかしあまり大勢お出になったから――と云って、けっしてつまらぬ演説をわざわざしような・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・今日、諸君のこの厚意に対して、心窃に忸怩たらざるを得ない。幼時に読んだ英語読本の中に「墓場」と題する一文があり、何の墓を見ても、よき夫、よき妻、よき子と書いてある、悪しき人々は何処に葬られているのであろうかという如きことがあったと記憶する。・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・純粋事実というものでなければならない。純粋行為というも、既に二次的である。かかる実在が明にせられるには、否、かかる実在が自己自身を明にするのは、絶対否定的自覚によるのほかはない。そこに哲学は宗教に通ずるものがあるのである。大疑の下に大悟あり・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫