・・・ 水の中に濃硫酸をいれるのに、極めて徐々に少しずつ滴下していれば酸は徐々に自然に水中に混合して大して間違いは起らないが、いきなり多量に流し込むと非常な熱を発生して罎が破れたり、火傷したりする危険が発生する。 汽車や飛行機や電話や無線・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・しかし私は猫のこの挙動に映じた人間の姿態を熟視していると滑稽やら悲哀やらの混合した妙な心持ちになるのである。 このぶんでは今に子猫は死んでしまいそうな気がした。時々食ったものをもどして敷き物をよごすような事さえあった。夜はもう疲れ切って・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・我々の精神的作用は区別のできるにもかかわらず、区別されたまま、他と関係なく発現するものでない、のみならず文芸にあっては皆感覚物を通じてその作用を現すのであるからして、この四種の理想に対する情操も、互に混合錯雑して、事実上はかように明暸に区劃・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 彼等は、純粋な憐みと、純粋な憤りとの、混合酒に酔っ払った。 ――俺たちも―― 此考えを、彼等は頑固な靴や、下駄で、力一杯踏みつけた。が、踏みつけても、踏みつけても、溜飲のように、それはこみ上げて来るのだった。 病める水夫は・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・朝夕水を用いてその剛軟を論じながら、その水は何物の集まりて形をなしたるものか、その水中に何物を混じ何物を除けば剛水となり、また軟水となるかの証拠を求めず、重炭酸加爾幾は水に混合してその性を剛ならしめ、鉄瓶等の裏面に附着する水垢と称するものは・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・それからこれらの混合です。」 大博士はわらいました。「無色のけむりはたいへんいい。形について言いたまえ。」「無風で煙が相当あれば、たての棒にもなりますが、さきはだんだんひろがります。雲の非常に低い日は、棒は雲までのぼって行って、・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・併し、常磐津、長唄、管絃楽と、能がかりな科白とオペラの合唱のようなものとの混合は、面白い思いつきと云う以上、何処まで発育し得るものであろう。自分には分らない。とにかく邯鄲は、材料も適したものであったと云えよう。「犬」は、しんみりと演じ、・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ ここにも、これまでの日本の封建性と近代資本社会の混合した恐ろしい害悪が現われている。 こういう文化機構であったからこそ、戦争中の日本人民は、あのように侵略思想で統一され、偽瞞されつくした。金を儲ける文化企業者は、人民の生血そのもの・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・が、農業と工業との生産労働へ日夜接触して見ると、彼等は自身のリアリズムに多分の機械的マルクシズム、生産に対する知識階級的エキゾチシズムが混合していることを自覚して来たのであった。 ロシア・プロレタリア作家連盟が右翼「同伴者」の反革命的要・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・その過渡期であるこんにち、第二次大戦後の新しい不安と苦悩、勇気と怯懦とが、混合して噴出している。おそらくは、「二十五時」などの中にも。そして、われわれ日本の読者の悲劇は、ヨーロッパ現代文学の中でも、歴史様相に対して最も猜疑心の深い動機にたつ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
出典:青空文庫