・・・ 女房は市へ護送せられて予審に掛かった。そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬよ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「さあ、乗れ、乗れ!」護送に行く看護長が廊下から叫ぶと、防寒服で丸くなった傷病者がごろ/\靴を引きずって出てきた。 橇には、五人ずつ、或は六人ずつ塒にかたまる鶏のように防寒服の毛で寒い隙間を埋めて乗りこんだ。歩けない者は、看護卒の肩・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・俺は窓という窓に鉄棒を張った「護送自動車」を想像していた。ところが、クリーム色に塗ったナッシュという自動車のオープンで、それはふさわしくなくハイカラなものだった。俺は両側を二人の特高に挾さまれて、クッションに腰を下した。これは、だが、これま・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 女房は市へ護送せられて予審に掛かった。そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりでは無い。その男の面会に来ぬよう・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ シロオテは、長崎へ護送された。伴天連らしきものとして長崎の獄舎に置かれたのである。しかし、長崎の奉行たちは、シロオテを持てあましてしまった。阿蘭陀の通事たちに、シロオテの日本へ渡って来たわけを調べさせたけれど、シロオテの言葉が日本語の・・・ 太宰治 「地球図」
・・・古来から塔中に生きながら葬られたる幾千の罪人は皆舟からこの門まで護送されたのである。彼らが舟を捨ててひとたびこの門を通過するやいなや娑婆の太陽は再び彼らを照らさなかった。テームスは彼らにとっての三途の川でこの門は冥府に通ずる入口であった。彼・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ 然るに脱走の兵、常に利あらずして勢漸く迫り、また如何ともすべからざるに至りて、総督を始め一部分の人々は最早これまでなりと覚悟を改めて敵の軍門に降り、捕われて東京に護送せられたるこそ運の拙きものなれども、成敗は兵家の常にして固より咎むべ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・然るところ松向寺殿御遺骸は八代なる泰勝院にて荼だびせられしに、御遺言により、去年正月十一日泰勝院専誉御遺骨を京都へ護送いたし候。御供には長岡河内景則、加来作左衛門家次、山田三右衛門、佐方源左衛門秀信、吉田兼庵相立ち候。二十四日には一同京都に・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・伊織は江戸へ護送せられて取調を受けた。判決は「心得違の廉を以て、知行召放され、有馬左兵衛佐允純へ永の御預仰付らる」と云うことであった。伊織が幸橋外の有馬邸から、越前国丸岡へ遣られたのは、安永と改元せられた翌年の八月である。 跡に残った美・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・それを護送するのは、京都町奉行の配下にいる同心で、この同心は罪人の親類の中で、おも立った一人を大阪まで同船させることを許す慣例であった。これは上へ通った事ではないが、いわゆる大目に見るのであった、黙許であった。 当時遠島を申し渡された罪・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫