・・・二男は歴史家であるゴロ・マン。次女モニカはハンガリーの美術史家の妻。三男ミハエルはヴァイオリニスト。末娘のエリザベート・マンがピアニストで、イタリーの反ファシスト評論家ボルゲーゼと結婚しているそうである。 内山氏の紹介によると、エリカ・・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・名目は、腕力のあるペン・マンによって、盛り場のゴロツキを征圧しようというのであったが、このことは、今日らしい戦後風景としては笑殺されなかった。すぐ新聞に、それに対する批判があらわれた。そしてそれは当然そうあるべきことであった。一九四六年、日・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ 紙をまとめて、机代りの箱の上にのせ、硯に紙の被をし筆を拭くと、左の手でグイと押しやって、そのまんま燈りの真下へ、ゴロンと仰向になった。 非常に目が疲労すると、まぼしかるべきランプの光線さえ、さほどに感じない様になるのだ。 黒い・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・その人は、建築家仲間がその姓名のゴロを合わせて、「アドヴァンテージ」というあだ名で呼ぶような人柄であった。漱石は、その人をすかなかった。親類でも、いやな奴はいやな奴として表現する。それが漱石であった。 漱石が死去して、門人たちは出来るだ・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・毛足袋、かかとが少しゴロつくかしら。風邪をお大切に。 十二月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より〕 金曜日には久し振りで寿江子さんがお目にかかり、元気そうにしていらしたというので安心しました。 それに隆治さんのことに・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・言論機関としてのジャーナリズムがつよい統制、整備のもとにおかれたのは一九四八年からだったが、その方法は、昔からみると比べものにならず技術的であった。ゴロツキ新聞の排除、用紙配給の是正、購読者の要求への即応という掘割をとおって、戦後の小新聞は・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・一年半ばかりゴロゴロ そこの妻君の兄のところへうつる、 そこはい難いので夜だけ富士製紙のパルプをトラックにつんで運搬した、人足 そしたら内になり 足の拇指をつぶし紹介されて愛婦の封筒書きに入り居すわり六年法政を出る、「あすこへ入らな・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・ 被告外山勝将、もと運転手、同分会執行委員「被告に対してもあらゆる方法をもっておどかし、例えば町のゴロツキの如くお前は検察庁に喧嘩をうるつもりか。それなら俺たちはお前を法律で必ず殺してみせると暴言をはいておどかし、最後には、もしお前たち・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 只それ丈が分って居る丈でどうした訳でその様な時に叔父が床に就いて居たのかまるで分らないが、私はその傍にゴロンところがって足をバタバタ動かしながら種々な事を話して居た。 ――大変にその室が暗かったから多分雨でも降って居たのだろう。・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 黙り返っているお石は、折々不意にはっきり独言しながら、ゴロンと炉辺に臥ころがったりした。 禰宜様宮田も、もう土地も何にも入用なかった。ただどうかして、今のいやな心持から一刻も早く逃れたいばかりなのである。 ほんとにお石の云う通・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫