・・・しかしMはいつのまにか湯帷子や眼鏡を着もの脱ぎ場へ置き、海水帽の上へ頬かぶりをしながら、ざぶざぶ浅瀬へはいって行った。「おい、はいる気かい?」「だってせっかく来たんじゃないか?」 Mは膝ほどある水の中に幾分か腰をかがめたなり、日・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・飲水ではないので、極めて塩ッ辛いが、底は浅い、屈んでざぶざぶ、さるぼうで汲み得らるる。石畳で穿下した合目には、このあたりに産する何とかいう蟹、甲良が黄色で、足の赤い、小さなのが数限なく群って動いて居る。毎朝この水で顔を洗う、一杯頭から浴びよ・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・たちまち加速度を以て、胸焼きこげるほどに海辺を恋い、足袋はだしで家を飛び出しざぶざぶ海中へ突入する。脚にぶつぶつ鱗が生じて、からだをくねらせ二掻き、三掻き、かなしや、その身は奇しき人魚。そんな順序では無かろうかと思う。女は天性、その肉体の脂・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・と豆腐屋の圭さんが湯槽のなかで、ざぶざぶやりながら聞く。「何に利くかなあ。分析表を見ると、何にでも利くようだ。――君そんなに、臍ばかりざぶざぶ洗ったって、出臍は癒らないぜ」「純透明だね」と出臍の先生は、両手に温泉を掬んで、口へ入れて・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸って見えなくなる。それでも爺さんは 「深くなる、夜になる、 ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫