・・・かつて少年の頃、師家の玄関番をしていた折から、美しいその令夫人のおともをして、某子爵家の、前記のあたりの別荘に、栗を拾いに来た。拾う栗だから申すまでもなく毬のままのが多い。別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ ――昨夜、かなり時化た。夜中に蚊帳戸から、雨が吹き込んだので硝子戸を閉めた。朝になると、畑で秋の虫がしめた/\と鳴いていた。全く秋々して来た。夏中一つも実らなかった南瓜が、その発育不十分な、他の十分の一もないような小さな葉を、青々と茂・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・男と女とがうちまじって一つ船にのって働いて、もし時化で漂流でもした場合におこって来る複雑な問題も考えて、さけられているというわけなのだろうか。 女は自分では海へ出て働かない。このことから経済も受け身で、働く男のいなくなったときの海辺の女・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
出典:青空文庫