・・・されど母上はなお貴嬢が情けの変わりゆきし順序をわれに問いたまいたれど、われいかでこの深き秘密を語りつくし得ん、ただ浅き知恵、弱き意志、順なるようにてかえって主我の念強きは女の性なるがごとしとのみ答えぬ。げにわれは思う、女もし恋の光をその顔に・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・その時僕の主我の角がぼきり折れてしまって、なんだか人懐かしくなって来る。いろいろの古い事や友の上を考えだす。その時油然として僕の心に浮かんで来るのはすなわちこれらの人々である。そうでない、これらの人々を見た時の周囲の光景の裡に立つこれらの人・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 過度の書物依頼主義にむしばまれる時は創造的本能をにぶくし、判断力や批判力がラディカルでなくなり、すべての事態にイニシアチブをとって反応する主我的指導性が萎えて行く傾向がある。 知識の真の源泉は生そのものの直接の体験と観察から生まれ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・日清戦争の日本に於けるブルジョア文化の一形態であったキリスト教婦人同盟の主宰者として活躍した葉子の母の、権力を愛し、主我的な生き方に対して自然の皮肉な競争者として現われた娘葉子が、少女時代から特殊な環境の中で驚くべき美貌と才気とを発揮させつ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・原因は、男の強大な主我主義と肉情によって、アンネットは自分が彼の愛人として人格的に陥りかかっている屈辱の深淵を見透し、自分の健康な自尊心をとりかえさずにいられなくなったのであった。――アンネットが確実に彼のものとなった後、彼は、アンネットの・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ 箇人主義――利己主義、それは名の如く、何事に於ても、自己を根本に置て考え、没我的生活に対する主我的の甚だしいものである。 主我! それは、真にたとうべくもあらぬ尊いものである。 此の世に生れ出た以上は、自己を明らかにし・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・母性の愛は、科学の精神に導かれて、主我的な我が子への執着からよりひろやかな人間の子の母の心情へまで移って行き得るのである。 真実を儚かない態度とか、同情、愛というような私たち人間の感情を、古風な学問の範疇では道徳、倫理の枠に入れて考えて・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・病者の孤独、そこにこもって孤独に耐えようとすることから主我的になってゆく心。孤独は「宿命」であるとして観念的になってゆく存在が、一つの転機をもって、孤独なもの同士のクラブをつくって人間らしさをとりもどしてゆこうとする。村田という病む人物と妻・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・この病的にあらわされている主我とその心理傾向は、主観において強烈でありながら、客観的には一種の無力状態であるから、より年少な世代の精神的空白をみたし、戦争によって脳髄をぬきとられた青春にその誇りをとりもどし、その人間的心持に内容づけを与えて・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 幸福感というものの高い質は、主我的な飽満の感覚、満喫感と同じでないというのも面白い事実である。むしろ美の感覚を通じたものであることは、尽きぬ暗示をふくんでいると思う。美が固定した静的なものでなければならないという今日の若い女のひとはす・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
出典:青空文庫