・・・我々が真に生死を賭し得る実践も、此から出て来るのである。私はかかる意味において、デカルトの問題と方法とに同意を表するものである。哲学に入るものに、彼の『省察録』の熟読を勧めたい。しかし私は彼は遂にその目的と方法に徹底せなかったと考えるもので・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・その他の小路は、軒と軒との間にはさまれていて、狭く入混んだ路地になってた。それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖かく小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けてはさすがに初冬の寒気が身に浸みる。 少時前報ッたのは、角海老の大時計の十二時である。京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・と、吉里は障子を開けて室内に入ッて、後をぴッしゃり手荒く閉めた。「どうしたの。また疳癪を発しておいでだね」 次の間の長火鉢で燗をしながら吉里へ声をかけたのは、小万と呼び当楼のお職女郎。娼妓じみないでどこにか品格もあり、吉里には二三歳・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・六 配偶者ヨリ悪意ヲ以テ遺棄セラレタルトキ七 配偶者ノ直系尊属ヨリ虐待又ハ重大ナル侮辱ヲ受ケタルトキ八 配偶者カ自己ノ直系尊属ニ対シテ虐待ヲ為シ又ハ重大ナル侮辱ヲ加ヘタルトキ九 配偶者ノ生死カ三年以上分明ナラサルトキ十 壻・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・日本国中の立場・居酒屋に、めし、にしめと障子に記したるはあれども、メシ、ニシメと記したるを見ず。今このめしの字は俗なるゆえメシと改むべしなど国中に諭告するも、決して人力の及ぶべき所に非ず。 さればここに小学の生徒ありて、入学の後一、二カ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・この詭遇の影に傷けられた、大家先生の自負心の創痕はいつか癒えて、稀にではあるが先生が尊重の情をもって少時の女友達の上を回想することもある。 鎖鑰を下した先生の卓の抽出しの中で、二通の手紙が次第に黄ばんで行く。それを包んだ紙には「田舎」と・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・にや塵ひぢ山をなせり、柴の門もなくおぼつかなくも家にいりぬ、師質心せきたるさまして参議君の御成ぞと大声にいへるに驚きて、うちよりししじもの膝折ふせながらはひいでぬ、すこし広き所に入りてみれば壁落かかり障子はやぶれ畳はきれ雨もるばかりなれども・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・余の家の南側は小路にはなって居るが、もと加賀の別邸内であるのでこの小路も行きどまりであるところから、豆腐売りでさえこの裏路へ来る事は極て少ないのである。それでたまたま珍らしい飲食商人が這入って来ると、余は奨励のためにそれを買うてやりたくなる・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・和尚にも斎をすすめ其人等も精進料理を食うて田舎のお寺の座敷に坐っている所を想像して見ると、自分は其場に居ぬけれど何だかいい感じがする。そういう具合に葬むられた自分も早桶の中であまり窮屈な感じもしない。斯ういう風に考えて来たので今迄の煩悶は痕・・・ 正岡子規 「死後」
出典:青空文庫