・・・ 木下秀吉が明智を亡ぼし、信長の後を襲いで天下を処理した時の勢も万人の耳目を聳動したものであった。秀吉は当時こういうことをいい出した。自分は天の冥加に叶って今かく貴い身にはなったが、氏も素性もないものである、草刈りが成上ったものであるか・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・その黙っているところがかえって自分の胸の中に強い衝動を与えた。 お父さんはいるのかい。 ウン、いるよ。 何をしているのだい。 毎日亀有の方へ通って仕事している。 土工かあるいはそれに類した事をしているものと想像された。・・・ 幸田露伴 「蘆声」
近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・夜床の中で眼をさますと、何かの拍子から「いても立ってもいられない」衝動を感ずることがあった。そうすると口では言えないいろいろ淫猥なことが平気にそれからそれへととっぴに彩をつけて想像される。それがまた逆に彼の慾情を煽りたてた。が、彼はただ単純・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 今自分は、その蛇が皿を巻いたような丘の小道をぐるぐると下りて行く。一曲りずつ下りるにつれて、女の歌っているのがおいおいに鮮かに聞き取れる。「ねんねしなされ、おやすみなされ。鶏がないたら起きなされ」と歌う。艶やかな声である。「お・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・このような趣向が、果して芸術の正道であるか邪道であるか、それについてはおのずから種々の論議の発生すべきところでありますが、いまはそれに触れず、この不思議な作品の、もう少しさきまで読んでみることに致しましょう。どうしても、この原作者が、目前に・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「芸術の制作衝動と、」すこしとぎれた。あとの言葉を内心ひそかにあれこれと組み直し、やっと整理して、さいごにそれをもう一度、そっと口の中で復誦してみて、それから言い出した。「芸術の制作衝動と、日常の生活意慾とを、完全に一致させてすすむというこ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・臨終の人の枕もと等で、突然、卑猥な事を言って笑いころげたい衝動を感ずるのです。まじめなのです。気持は堪えられないくらいに厳粛にこわばっていながら、ふいと、冗談を言い出すのです。のがれて都を出ましたというのも、私の苦しまぎれのお道化でした。態・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ ふと顔をあげると、すぐ眼のまえの小道を、簡単服を着た清潔な姿が、さっさっと飛ぶようにして歩いていった。白いパラソルをくるくるっとまわした。「けさ、おゆるしが出たのよ。」奥さんは、また、囁く。 三年、と一口にいっても、――胸が一・・・ 太宰治 「満願」
・・・ これはひどく人の耳目を聳動した。尤もこれに驚かされたのは、ストロオガツセなる伯爵キルヒネツゲル家の邸の人々である。 邸あたりでは、人生一切の事物をただ二つの概念で判断している。曰く身分相応、曰く身分不相応、この二つである。ポルジイ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫