・・・だが一番困ったのは、意識の反対衝動に駆られることだった。例えば町へ行こうとして家を出る時、反対の森の方へ行ってるのである。最も苦しいのは、これが友人との交際に於いて出る場合である。例えば僕は目前に居る一人の男を愛している。僕の心の中では固く・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 彼女が女性である以上、私が衝動を受けることは勿論あり得る。だが、それはこんな場合であってはならない。この女は骨と皮だけになっている。そして永久に休息しようとしている。この哀れな私の同胞に対して、今まで此室に入って来た者共が、どんな残忍・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・けだし寺院のかたわらに遊戯する小童輩は、自然に仏法に慣れてその臭気を帯ぶるとの義ならん。すなわち仏の気風に制しらるるものなり。仏の風にあたれば仏に化し、儒の風にあたれば儒に化す。周囲の空気に感じて一般の公議輿論に化せらるるの勢は、これを留め・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・女と云うものは本当に衝動的なものでございますね。わたくし達は衝動に騙されて、咄嗟の間にいろんな事をいたします。そしてその時はその動機を認めずにいるのでございます。それを男の方が狡猾だとおっしゃるのでございます。 そこであの手紙を差上げま・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・しかしこの平民的な苗字が自分の中心を聳動して、過ぎ去った初恋の甘い記念を喚び起すことは争われない。 その時のピエエルは高等学校を卒業したばかりで、高慢なくせにはにかんだ、世慣れない青年であった。丈は不吊合に伸びていて、イギリス人の a ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 先ず最初に胸に浮んだ趣向は、月明の夜に森に沿うた小道の、一方は野が開いて居るという処を歩行いて居る処であった。写実写実と思うて居るのでこんな平凡な場所を描き出したのであろう。けれども景色が余り広いと写実に遠ざかるから今少し狭く細かく写・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ゝきなりけり秋の山 伊豆相模境もわかず花すゝき 二十余年前までは金紋さき箱の行列整々として鳥毛片鎌など威勢よく振り立て振り立て行きかいし街道の繁昌もあわれものの本にのみ残りて草刈るわらべの小道一筋を除きて外は草の生い出でぬ処もな・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・兵士等大将のエボレット勲章等を見て食せんとするの衝動甚し。大将「間抜けめ、どれもみんなまるで泥人形だ。」脚を重ねて椅子に座す。ポケットより新聞と老眼鏡とを取り出し殊更に顔をしかめつつこれを読む。しきりにゲップす。やがて睡る。・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・動物の神経だなんというものはただ本能と衝動のためにあるです。神経なんというのはほんの少ししか働きません。その証拠にはご覧なさい鶏では強制肥育ということをやる、鶏の咽喉にゴム管をあてて食物をぐんぐん押し込んでやる。ふだんの五倍も十倍も押し込む・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ ファシズムが、イデオロギーの面でも、左からまわってやってきているという例は、猪木正道氏、渡辺慧氏などという新型のジャーナリズム流行児の出現にも注目されます。 過去十数年にわたってわたしたち日本の人民は、正しい社会科学の本もよめなか・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫