・・・学者の数々を聚めているのであるから、この際思い切って気象台の観測事業の範囲を徹底的に拡張して、そうして前述のごときあらゆる天災の根本的研究とその災害に対する科学的方策の綜合的考究に努力せしめるのが最も時宜に適したものではないかと思われる。そ・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・そうして出たついでに近所合壁の家だけは玄関まで侵入して名刺受けにこっそり名刺を入れておいてから一遍奥の方を向いて御辞儀をすることにしていたのであるが、いつか元旦か二日かが大変に寒くて、おしまいには雪になったことがあって、その時に風邪を引いて・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・蕉門の付け合いには「時宜」ということを尊んだらしい。その当時の環境に自然な流行の姿をえらんだ句の点綴さるることを望んだのである。また作者自身の境界にない句を戒められたようである。しかしこういうことがないまでも、連句は時代の空気を呼吸する種々・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・こういう変異の各相の中に未来の好適種の可能性が存するとすれば、われわれはむしろこの際できる限りの型式のヴェリエーションを尽くして選良候補者のストックを豊富にして、それらを生存競争の闘技場に送り込むのも時宜に適するものではないか、ということで・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・ちゃんもこの色の蒼白いそして脊のすらりとしたところは主婦に似ていて、朝手水の水を汲むとて井戸縄にすがる細い腕を見ると何だかいたいたしくも思われ、また散歩に出掛ける途中、御使いから帰って来るのに会う時御辞儀をして自分を見て微笑する顔の淋しさな・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・もうおおぜい客が来ていて母上は一人一人にねんごろに一別以来の辞儀をせられる。自分はその後ろに小さくなって手持ちぶさたでいると、おりよくここの俊ちゃんが出て来て、待ちかねていたというふうで自分を引っ張ってお池の鯉を見に行った。ねえさん所には池・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ 書肆改造社の主人山本さんが自動車で僕を迎いに来て、一緒に博文館へ行ってお辞儀をしてくれと言ったのは、弁護士がお民をつれて僕の家を出て行ってから半時間とは過ぎぬ時分であった。山本さんは僕と一緒に博文館へ行って、ぺこぺこ御辞儀をしたら、或・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 重ね上げたる空想は、また崩れる。児戯に積む小石の塔を蹴返す時の如くに崩れる。崩れたるあとのわれに帰りて見れば、ランスロットはあらぬ。気を狂いてカメロットの遠きに走れる人の、わが傍にあるべき所謂はなし。離るるとも、誓さえ渝らずば、千里を・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・昔はお辞儀の仕方が気に入らぬと刀の束へ手をかけた事もありましたろうが、今ではたとい親密な間柄でも手数のかかるような挨拶はやらないようであります。それで自他共に不愉快を感ぜずにすむところが私のいわゆる評価率の変化という意味になります。御辞儀な・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 次に連続と云う字義をもう一遍吟味してみますと、前にも申す通り、ははあ連続している哩と相互の区別ができるくらいに、連続しつつある意識は明暸でなければならぬはずであります。そうして、かように区別し得る程度において明暸なる意識が、新陳代謝す・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫