・・・ 成程、馬鹿々々しい……旅客は、小県、凡杯――と自称する俳人である。 この篇の作者は、別懇の間柄だから、かけかまいのない処を言おう。食い続きは、細々ながらどうにかしている。しかるべき学校は出たのだそうだが、ある会社の低い処を勤めてい・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・二大戦役を通過した日本の最近二十五ヵ年間は総てのものを全く一変して、恰も東京市内に於ける旧江戸の面影を尽く亡ぼして了ったと同様に、有らゆる思想にも亦大変革を来したが、生活に対する文人の自覚は其の重なる事象の一つであろう。 二十五年前には・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・は天衣無縫の棋風として一世を風靡し、一時は大阪名人と自称したが、晩年は不遇であった。いや、無学文盲で将棋のほかには何にも判らず、世間づきあいも出来ず、他人の仲介がなくてはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿で・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・と思いこんでいた親戚の者たちは、庄之助に忠告して、「ヴァイオリンみたいなもの廃めてしもて、何ぞ地道な商売をしたらどないや」 と言うのだったが、きかなかった。そして相変らず「津路式教授法」と自称するきびしい教授法を守りながら、貧乏ぐら・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・人生の事象をよろず善悪のひろがりから眺める態度、これこそ人格という語をかたちづくる中核的意味でなければならぬ。私はいかなる卓越した才能あり、功業をとげたる人物であっても、彼がもしこの態度において情熱を持っていないならば決して尊敬の念を持ち得・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そしてさらに不幸なことには、このことは人生一般の事象を見る目の純真性を曇らすのだ。快楽の独立性は必ず物的福利を、そして世間的権力を連想せしめずにはおかぬ。人間がそうした見方を持つにいたればもはや壮年であって、青春ではないのである。 事実・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ つとめて書を読み、しかもそれが他人の生と労作からの所産であって、自分のそれは別になければならぬことを自覚し、他人の生にあずかり、その寄与をすなおに受けつつ、しかも自らの目をもって人生を眺め、事象を考察することのできるもの、これが理想的・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 若い才能と自称する浅墓な少年を背後に従え、公園の森の中をゆったり歩きながら、私は大いに自信があった。果して私が、老いぼれのぼんくらであるかどうか、今に見せてあげる。少年は、私について歩いているうちに次第に不安になって来た様子で、ひとり・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・天使でもないのに詩人と自称して気取っているへんな人物が多いのである。けれども、三田君は、そうではない。たしかに、山岸さんの言うように「いちばんいい詩人」のひとりであると私は信じた。三田君に、このような美しい便りを書かせたものは、なんであった・・・ 太宰治 「散華」
・・・ このような思想を、古い人情主義さ、とか言って、ヘヘンと笑って片づける、自称「科学精神の持主」とは、私は永遠に仕事を一緒にやって行けない。私は戦争中、もしこんなていたらくで日本が勝ったら、日本は神の国ではなくて、魔の国だと思っていた。け・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫