・・・ ところで面白いのは、最近何年間かのこの輿論封殺時代に、新聞人は、却ってその前時代の散漫であった人々よりも遙かに内面的になり、批判的になり、且つ客観的な科学性をもって社会事象に向うようになったことである。新聞関係の人々は、各方面を広汎に・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・なぜなら、旧体制の残る力は、これを最後の機会として、これまで民衆の精神にほどこしていた目隠しの布が落ちきらぬうち、せいぜい開かれた民衆の視線がまだ事象の一部分しか瞥見していないうち、なんとかして自身の足場を他にうつし、あるいは片目だけ開いた・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・が使用している武器の機械的な強力さや精緻さは子供だって知っているのだから、女の子がなまじそんな木剣を背負って行進したりするところには、ちかごろ流行の詩吟や黒紋付姿同様、何か国民が本気でそれへ当っている事象への戯画化が印象づけられる。 娘・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・しかも作家はこのような事象の表現にしか、その表現意欲を感じなくなっているのである。 なぜなら、作家は、心理の叙述を自己のもっとも生甲斐ある創作対象とするようになっており、心理のうちでも心のもつ反省の能力をあらわしたいと念じているのである・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・世のなかの複雑な動きのあやから眼をはなさず、そのあやに織り込まれている自分の一生の意味を理解するところにいいつくせない面白さをも見出して生きて行こうとはせず、動的な現象事象から離れたどこかに、いわゆる久遠の幸福を感じようとする。だから、幸福・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・彼が一応のスタイルをこわして、ヴァレリーの言葉から、日本庶民の理性の暗い、理性によって処理されない事象と会話の中に突入している生真面目さを、ただ日本語の不馴れな作家の時代錯誤とだけ云いすてる人はないだろう。 民主革命の長い広い過程を思え・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・いろいろな事象がそれ自身の収拾つかない課題の生々しい断面をむき出しながら、益々幅と量とをましながら奔流しつつ十二月が来ている。 日々の生活感情がそのようだし、十二月号の雑誌をいくつか見ると、従来なら吉例的にたとえ外面からのことは承知でも・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 益々強靭である故に美しく、複雑な事象の波瀾におどろかない史眼、その洞察力の故に一層感動深いリアリズムを求めてゆくしかないのではなかろうか。文学におけるリアリズムもやはり世界史的な拡大のときにあって、従来対置されているロマンティシズムが・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・に冒涜を加えず、自分の周囲に渦巻いて居る事象に迷わされず、如何程僅かでも純粋に近い我を保って、見、聴、生きるべきではございますまいか。 C先生。私斯様な前提を置いてから、少し許り、私がこちらへ来てから「私」の感じた事を書いて行こうとして・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・傍目もふらぬそれぞれの人間と事象との在りようを、作者がまた傍目もふらず跟いて行く、その熱中の後姿に、文学に於ける人間再生の熱意、ヒューメンなものが認められるという工合でもあった。 知性の作家と呼ばれた阿部知二がこの時期に発表した「冬の宿・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫