・・・「今顔を洗っています、昨夕中央会堂の慈善音楽会とかに行って遅く帰ったものですから、つい寝坊をしましてね」「インフルエンザは?」「ええありがとう、もうさっぱり……」「何ともないんですか」「ええ風邪はとっくに癒りました」・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・しかるに朱引内か朱引外か少々曖昧な所で生れた精か知らん今まで江戸っ児のやるような心持ちのいい慈善的事業をやった事がない。今何と答をしたかたしかに覚えておらん。いやしくも一遍の義侠心があるならば、うんあなたの移る処ならどこでも移ります、と答え・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・社会の公議輿論、すなわち一世の気風は、よく仏門慈善の智識をして、殺人戦闘の悪業をなさしめたるものなり。右はいずれも、人生の智徳を発達せしめ退歩せしめ、また変化せしむるの原因にして、その力はかえって学校の教育に勝るものなり。学育もとより軽々看・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・何もかもみな慈善のためじゃ。承知した。証文を書きなさい。」 さあ大変だあたし字なんか書けないわとひなげしどもがみんな一諸に思ったとき悪魔のお医者はもう持って来た鞄から印刷にした証書を沢山出しました。そして笑って云いました。「ではその・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ 体は弱し、中学を出たきりなので、これぞと云う働きもない男に、そう十分なだけのものをくれる慈善家はこの世智辛い世の中には居ない。 恭二は静岡の魚問屋の坊ちゃんで、倉の陰で子守相手に「塵かくし」ばかり仕て居たほど気の弱い頭の鉢の開いた・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ただ、この先、おのおのの心のうちから、時々慈善事業に寄付でもすれば、富はいくら独専してもかまわない。悧巧に、経済状態を考え、子等さえ過剰にしなければ、自分の情慾に、何のはじも感じないでよい、というような、物の考えかたを根本から立てなおす為、・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・たとえばあなた達は慈善の深い方達だろうと思うのです。だけれども、お勤めや何かからお帰りになる途中で、いきなり人が出てきてハンド・バッグを掻っ払おうとした時には、あなた方が慈善深い方でもお渡しになることはないと思います。そのなかにはやってよい・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ 温情主義で搾取して、慈善設備でプロレタリアの母から子を奪う資本主義の文明をわれわれは徹底的に批判しなければならない。 女も手を握り、階級として立ち、せめて、よろこんで母になる権利を認めるプロレタリアの社会を一日も早くつくろうではな・・・ 宮本百合子 「「市の無料産院」と「身の上相談」」
・・・ヨーロッパ諸国じゃ、日本でもブルジョアが自分達の子供に玩具を買ってやるついでに貧児へ所謂慈善をほどこすクリスマスってやつ、キリスト降誕祭、あれを十二月二十五日にうんと盛にやって、その勢で大晦日正月は越しちまうんだ。 ――だって、お前、ソ・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
・・・ 他人の世話に成らない為に、養老院と、慈善病院があるではないかと云う人が無くはありますまい。けれども、私共が自分自身を、その裡に置いて考え、感じた時、あそこは果して快い平安な最後の場所でしょうか。 家族制度によって、過去幾百年来、全・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫