・・・が、燈籠寺といった方がこの大城下によく通る。 去ぬる……いやいや、いつの年も、盂蘭盆に墓地へ燈籠を供えて、心ばかり小さな燈を灯すのは、このあたりすべてかわりなく、親類一門、それぞれ知己の新仏へ志のやりとりをするから、十三日、迎火を焚く夜・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 加賀の国の城下本町筋に絹問屋左近右衛門と云うしにせあきんどがあった。其の身はかたく暮して身代にも不足なく子供は二人あったけれ共そうぞくの子は亀丸と云って十一になり姉は小鶴と云って十四であるがみめ形すぐれて国中ひょうばんのきりょうよしで・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・九輯となると上中下の三帙を予定し、上帙六冊、中帙七冊、下帙は更に二分して上下両帙の十冊とした。それでもマダ完結とならないので以下は順次に巻数を追うことにした。もし初めからアレだけ巻数を重ねる予定があったなら、一輯五冊と正確に定めて十輯十一輯・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・てども、姫君が見えないので、腹をたてて、ひとつには心配をして、幾人かの勇士を従えて、自らシルクハットをかぶり、燕尾服を着て、黒塗りの馬車に乗り、姫から贈られた黒馬にそれを引かせて、お姫さまの御殿のある城下を指して駆けてきたのです。 城下・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・くまは、かごの格子の目から、大きな体に比較して、ばかに小さく見える頭をば上下に振って、あたりをながめていました。「なるほど、ここは家ばかりしか見えませんね。私は、ここまでくる長い間、どれほど、あなたがたが自由にすめる、いい場所を見てきた・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・たとえば社会主義に、対立する真の敵は、もとより資本主義には相違ないが、これあるがために、闘争的意志は強められ、信念は、益々浄化される。しかし、其の間に介在する灰色の階級や、主義者は、却って相互の闘争的精神を鈍らせるばかりでなく、真理に向って・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・真実なるがために、正義なるがために苛められて、争抗をつゞける者によってのみ、この社会は、浄化されるのです。 彼等の強いのは、真理を味方とするからです。苛められる者だけが、鞭の痛さを、人間性を、この社会の真相を、また友人をも、敵をも、真に・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・つまり相場の上下がある。そして、その相場はたった一人の人間が毎朝決定して、その指令が五つの闇市場へ飛び、その日の相場の統制が保たれるらしい――という話を、私はきいたが、もしそうだとすれば、そのたった一人の人間の統制力というものは、この国の政・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・それが彼の醜悪と屈辱の過去の記憶を、浄化するであろうと、彼は信じたのであった。彼は自分のことを、「空想と現実との惨ましき戦いをたたかう勇士ではあるまいか」と、思ったりした。そして今や現実の世界を遠く脚下に征服して、おもむろに宇宙人生の大理法・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・『大いなる事業』ちょう言葉の宮の壮麗しき台を金色の霧の裡に描いて、かれはその古き城下を立ち出で、大阪京都をも見ないで直ちに東京へ乗り込んだ。 故郷の朋友親籍兄弟、みなその安着の報を得て祝し、さらにかれが成功を語り合った。 しかる・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫