・・・ お絹は著ものを著かえる前に、棚から弁当を取りだして、昨夜から註文をしておいた、少しばかりの御馳走やおすしを、お箸で詰めかえていた。山遊びの弁当には酒を入れる吸筒もついていて、吼の蒔絵がしてあった。「今でもこんなものを持ってゆくのか・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・お熊どんは二三度来てくれたこともあッたから知ッていよう、三四人の奉公人も使ッていたんだが、わずか一年過つか過たない内に――花魁のところに来初めてからちょうど一年ぐらいになるだろうね――店は失くなすし、家は他人の物になッてしまうし、はははは、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・〔以下原稿十二行分欠〕二月 十五日 いつかおすしを食べたいと云ったのが真個に成って夜和田さん、岩本さん、吉田、その他が S. C. に呼ばれた。美くしいグレト フルートが、サクランボーで飾られたのを見て自分はどんなによろこんだか。 ・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・北国の人は一体納豆を好むようですが、わたくしは、福島県の生れですし、父祖の生れは山形県ですし、それに父も母も納豆が嫌いではないのですが、わたくしはどうも駄目です。母なぞは「お前は国の納豆をたべないからだよ、たべず嫌いなんだよ」と申しますけれ・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
出典:青空文庫