・・・今その最も甚しきものを挙ぐれば、配偶者の趣味性行よりもむしろ配偶者の父母兄妹との交際についてである。姻戚の家に冠婚葬祭の事ある場合、これに参与するくらいの事は浮世の義理と心得て、わたくしもその煩累を忍ぶであろうが、然らざる場合の交際は大抵厭・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ 初めわたしはさして苦しまずに、女主人公の老父がその愛嬢の帰朝を待つ胸中を描き得たのは、維新前後に人と為った人物の性行については、とにかく自分だけでは安心のつく程度まで了解し得るところがあったからである。これに反して当時のいわゆる新しい・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 今夜 水楼 先ず月を得て清光偏照善愁人。 清光 偏えに照らす 善だ愁うの人〕なぞいうのがあった。今日読返して見ると覚えず噴飯するほどである。わずか十四、五歳の少年が「昨日は紅楼に爛酔するの人」といっているに至っては、・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・之を要するに現代の新女優、給仕女、女店員、洋風女髪結のたぐいは、いずれも同じ趣味と同じ性行とを有する同種の新婦人である。 今銀座のカッフェーに憩い、仔細に給仕女の服装化粧を看るに、其の趣味の徹頭徹尾現代的なることは、恰当世流行の婦人雑誌・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・とそう私の想像通り行くか行かないか分りませんが、もしそうだとするならば、私が無理にここで二時間も三時間もしゃべっては、あなた方の心理作用に反して我を張ると同じ事でけっして成功はできない。なぜかと云えばこの講演がその場合あなた方の自然に逆った・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・そこには西洋民族の主観的性向が潜んでいるということができる。唯、自己否定的方向に向った東洋文化においては、それ自身の論理というものが発達しなかった。しかし西洋文化に撞着した今日、我々は、我々自身の論理を有たなければならない。然らざれば、飛行・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・私は同時に頭をやられたが、然し今度は私の襲撃が成功した。相手は鼻血をタラタラ垂らしてそこへうずくまってしまった。 私は洗ったように汗まみれになった。そして息切れがした。けれども事件がここまで進展して来た以上、後の二人の来ない中に女を抱い・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・私もしばしば試みたけれども、十数回のうちで、たった一度しか成功しなかった。 響灘は玄海灘とつづいているが、白島付近は魚と貝類の宝庫だ。そこへ二、三年前、一月の寒い風に吹かれながら、ソコブク釣りに出かけた。河豚のおいしいのは十二月から一月・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・事は新発明新工夫に非ず。成功の時機正に熟するものなり。一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・其性行正しく妻に接して優しければ高運なれども、或は然らず世間に珍らしからぬ獣行男子にして、内君を無視し遊冶放蕩の末、遂には公然妾を飼うて内に引入れ、一家妻妾群居の支那流を演ずるが如き狂乱の振舞もあらば之を如何せん。従前の世情に従えば唯黙して・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫