・・・何の関係もない色々の工場で製造された種々の物品がさまざまの道を通ってある家の紙屑籠で一度集合した後に、また他の家から来た屑と混合して製紙場の槽から流れ出すまでの径路に、どれほどの複雑な世相が纏綿していたか、こう一枚の浅草紙になってしまった今・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・実際電線に止まって落着いている時はほとんど尾を静止させている。それが飛出す前にはまた振動をはじめる。飛んで来て止まった時には最初大きく振れるが急速な減衰振動をして止めてしまう。どうもこの鳥の心の動きが尾の振動に現われるように見えるのである。・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・始めにヒロインとその保護者がこの行列を見送る場面ではヒロインと観客は静止していて行列はその向こう側を横に通過する。次にこの行列の帰還を迎える場面でも行列はやはりわれわれ観客の前を横に通過するのであるが、ここでは前と反対にヒロインがその行列の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・拷問の後にほうり込まれた牢獄の中で眼前に迫る生死の境に臨んでいながらばかげた油虫の競走をやらせたりするのでも決してむだな插話でなくて、この活劇を生かす上においてきわめて重要な「俳諧」であると思われる。最後のトニカを響かせる準備の導音のような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 材木の切り出し作業や製紙工場の光景でも、ちょっと簡単な地図でも途中に插入して具体的の位置所在を示しならびに季節をも示してくれたら、興味も効能も幾層倍するであろう。しかるに、その肝心な空間的時間的な座標軸を抜きにして、いたずらに縹渺たる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・それが時を逆転した映画の世界では反対に、静止した振り子がだんだん揺れ出し次第に増幅するのである。もっと一般に言えば宇宙のエントロピーが次第に減少し、世界は平等から差別へ、涅槃から煩悩へとこの世は進展するのである。これは実に驚くべき大事件でな・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・シェークスピアとかドストエフスキーとかイブセンとかいう人々は、人間生死の境といったような重大な環境の中に人間をほうり込んで、試験檻の中のモルモットのごとくそれを観察した。しかしまたチェホフのような人は日常茶飯事的環境に置かれた人間の行動から・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・前者は静止して鳴くらしいのに後者は多くの場合には飛びながら鳴くので、鳴き終わったころにはもう別の場所に飛んで行っている勘定である。雌が鳴き声をたよりにして、近寄るにははなはだ不便である。 この鳴き声の意味をいろいろ考えていたときにふと思・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・しかし、空間の中に静止する一点の位置を決定するだけでも三つの数字が必要である。百個の点の集団なら三百の数字が入用になる。物理的体系の「自由度」の増加とともにその状態を指定するに必要な尺度の読み取りの数もいくらでも増加する。近ごろよく「学問の・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・この異彩ある珍書は著者、解説者、装幀意匠者、製紙工、染織工、印刷工、製本工の共同制作によってできあがった一つの総合芸術品としても愛書家の秘蔵に値するものであろう。ただ英文活字に若干遺憾の点があるが、これもある意味ではこうした限定版の歴史的な・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
出典:青空文庫