・・・な人間の貪慾とか浅慮とかいうものを抽象して来て、欲ばるとこんな目に会うぞという教訓を与えようとする場合、たれの心にでも、つまりどんな地位、階級のものにでもめいめいの立場によって生じる主観的な実際行為の正常化を前もって封じて、いおうとする話を・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 彼の最も清浄な、涙組むまで美くしい心のあふれ出た「獄中記」の中で、「基督は、何者にもまして個人主義者の最高の位置を占むべき人である」と云うて居る。 真の箇人主義は斯くあるべきではないか。 私の云う霊を失った哀れなる亡霊の多・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・今日、食糧事情はそこまで逼迫しているという人もあろうが、難破して漂流している孤舟の中に生じた事件と仮定してさえも、私ども正常の人間性はその残酷さを許し得ないのである。ましてやこの事件は、単純きわまる残忍さが徹底している点で言語道断な特殊な一・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・ 被害者 犯罪に顛落する復員軍人が多いことについて、復員省は上奏文を出し「聖上深く御憂慮」という記事がある。亀山次官は「余りに冷酷な世間」と一般人民に責任がありそうな見出しの話しかたをしている。けれども、今日の・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・経験に富んだ活動家を失ってからの仕事は内外とも実にむずかしく、稲子さんも私も全力をつくして階級的に正常なものであると考えられる方向に向って行動するために努力したのであったが、客観的な結果としてはそれが十分の一も具体化されない状態であった。・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・けれども、感情に正常な健全さがある。「細い腕」は「白い激流」が終っているあとにつづく闘病者の現実、療養所内の自治会活動についてあらわれている現実の細目とでもいうべき題材である。誠実な心情がうけとれる。作者は、しかし、人道的であり集団的活・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・従来の歌舞伎の番組には徳川末期的の世情を映したものもあり、現代の生活感情に遠いものがあったのは事実だけれど、十一月の新作ものの序幕や大詰では初めから演劇というものの独特な表現を思いあてたような空虚さがあった。 種々の条件が加わっても、や・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
・・・ ウォーレスに投票された百十万票は、現代の歴史を正常に発展させるために無限の価値をもっている。トルーマンがブルジョア政党である民主党に属していることには、何のかわりもない。その政党の議員の或るものはタフト・ハートレー法を通過させ、黒人に・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・みか、一年の時を経た昨今、彼らは呆然自失から立ちなおり、きわめて速力を出して、この佝僂病が人間性の上にのこされているうちに、まだわたしたちの精神が十分強壮、暢達なものと恢復しきらないうちに、その歪みを正常化するような社会事情を準備し、客観の・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 幸運の手紙は、従って人々がともかく幸福らしいものをたっぷりもって暮している世情の中では、効力を余り発揮しない。幸福や幸運というものがいかにもぼんやり遠くにあって、今日の現実とは反対のものとして心に描かれているような社会の条件のなかでこ・・・ 宮本百合子 「幸運の手紙のよりどころ」
出典:青空文庫