・・・私はそのころ、年若く見られるのを恥かしがっていたものだから、一高の制服などを着て旅に出るのはいやであった。家が呉服商であるから、着物に対する眼もこえていて、柄の好みなども一流であった。黒無地の紬の重ねを着てハンチングを被り、ステッキを持って・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ これは大学時代の写真ですが、この頃になると、多少、生活苦に似たものを嘗めているので、顔の表情も、そんなに突飛では無いようですし、服装も、普通の制服制帽で、どこやら既に老い疲れている影さえ見えます。もう、この頃、私は或る女のひとと同棲を・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・馬を斃し、たまさかには獅子と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。さもありなんと私はひとり淋しく首肯しているのだ。あの犬の、鋭い牙を見るがよい。ただものではない。いまは、あのように街路で無心のふうを装い、とるに足らぬもののごとくみずか・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・私は、高等学校の制服、制帽のままだった。謂わば、弊衣破帽である。けれども私は、それを恥じなかった。自分で、ひそかに、「貫一さん」みたいだと思っていた。幾春秋、忘れず胸にひめていた典雅な少女と、いまこそ晴れて逢いに行くのに、最もふさわしいロマ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・私は学生がアレキサンダー大王その外何ダースかの征服者の事を少しも知らなくても、大した不幸だとは思わない。こういう人物が残した古文書的の遺産は、無駄なバラストとして記憶の重荷になるばかりである。どうしても古代に溯りたいなら、せめてサイラスやア・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ このようにカメラの焦点とその位置および視角の移動によって現在の映画は、事実上、少なくも心理的には立体的実体的な空間を征服しているのである。それでこの上に多大の苦心をしていわゆる立体映画がようやく成功したとしても、その効能はおそらくそう・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・西洋のある国が世界を征服する日を夢みているような日本人があったら、そういう人はこの映画を見るといいと思う。 この酋長の子が食われたので、映画師らは酋長に合わせる顔がないといってしょげる場面はどうも少し芝居じみる。A life for a・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
制服の処女 評判の映画「制服の処女」を一見した。最初に、どこかの柱廊前に並んだ、ものはなんだかわからないが、何かしら勇ましくたくましい男性的彫像などが現われ、それから男性的なラッパの音に導かれて兵隊の行列が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 廊下から階段へ上がろうとすると、そこに立っていた制服着用の役人が、私の胸の辺を指さして、何か云うようである。何かしら自分が非難されている事は分った。しかしN君が一言二言問答したら、それでよかったと見えてそのまま階段を上がって行った。そ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・それらのだいたい同じくらいの年ごろの女の子が皆同じ制服を着ているからちょっと見ると身長の差別と肉づきの相違ぐらいしか目につかないようである。 制服というものはある意味では人間の個性を掩蔽するものである。少し離れて見れば一隊の兵士は同じ鋳・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫