・・・こういう考えから出発して、文芸の中に潜在する科学的要素を捜してみたいと思うのである。 いかなる文芸といえどもその取扱う資料が常識を具えた人間界のものである限り、あらゆる知識中の科学的な分子を排出する事の出来ないのは明らかな事である。第一・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・もしこれがしかるべき心理学者によって研究されればその結果はわれら連句の徒弟に対して興味があり有益であるというだけでなく、一般心理現象中で他の場合にはあまり現われないような特異な潜在的現象を追跡し研究するための一つの新しい道を啓示するような事・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・わたくし達一同の視線は唯前栽の中に咲いている箱根ウツギと池の彼方に一本生残っている老松の梢に空しく注がれるばかりであった。園主佐原氏は久しく一同とは相識の間である。下婢に茶菓を持運ばせた後、その蔵幅中の二三品を示し、また楽焼の土器に俳句を請・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・故に此一章の文意、美は則ち美に似たれども、特に男子よりも云々と記して男女を区別したるは、女性の為めに謀りて千載の憾と言うも可なり。一 女は容よりも心の勝れるを善とすべし。心緒無レ美女は、心騒敷眼恐敷見出して、人を怒り言葉※て人に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・遂に西洋人に仮すに我を軽侮するの資を以てして、彼らをして我に対して同等の観をなさしめざるに至りしは、千歳の遺憾、無窮に忘るべからざる所のものなり。 然り而して日本国中その責に任ずる者は誰ぞや、内行を慎まざる軽薄男子あるのみ。この一点より・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・かつその説明的なると文学的なるとを問わず、かくのごとき理想を述べたる文字に至りては上下二千載我に見ざるところなり。奇文なるかな。 蕪村の句の理想と思しきものを挙ぐれば河童の恋する宿や夏の月湖へ富士を戻すや五月雨名月や兎の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・殺すという言葉には、殺されるものに対して、殺すという立場において、自己の生存保持の意識が潜在している。鈴木文史朗はついこの間アメリカへ行ってリーダーズ・ダイジェスト本社の立派なことを日本に吹聴したが、彼はアメリカで何を学び、どう語ることを学・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・そして、現在でも、フロイドが人間性の自然な解放のために、その心理的、潜在意識的モメントとしてとらえた主として性のコンプレックスは、社会と、個人の精神のうちに存在していることも明かである。だけれども、一方最近の数年間に、世界の市民的な生活感覚・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ ヨーロッパ大戦後の文学を支配していた心理分析、潜在意識の生活を追究する唯心的な文学は、一九二九年のヨーロッパの大恐慌とその社会事情の変化によって別な人間生活の総体において表現しようと欲する文学運動に道を拓いた。一九三〇年頃からアメリカ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・学のうまれる母胎としての社会の階層・階級を、勤労するより多数の人々の群のうちに見いだし、社会の発展の現実の推進力をそれらの勤労階級が掌握しているとおり、未来の文化発展も、そこに大きい決定的な可能として潜在していることを理解したのであった。世・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫