・・・ねくたれた寝衣を着流したような人の行列がぞろぞろあの狭い入口を流れ込んでいた。草花のある広場へはいってみるといよいよ失望しなければならなかった。歯磨楊枝をくわえた人、犬をひっぱっている人、写真機をあちらこちらに持ち廻って勝手に苦しんでいる人・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ しかし劇場へ行ってみると、もう満員の札が掲って、ぞろぞろ帰る人も見受けられたにかかわらず、約束しておいた桟敷のうしろの、不断は場所のうちへは入らないような少し小高いところが、二三人分あいていた。お絹にきくと、いつもはお客の入らないとこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・蟻、やすで、むかで、げじげじ、みみず、小蛇、地蟲、はさみ蟲、冬の住家に眠って居たさまざまな蟲けらは、朽ちた井戸側の間から、ぞろぞろ、ぬるぬる、うごめき出し、木枯の寒い風にのたうち廻って、その場に生白い腹を見せながら斃死ってしまうのも多かった・・・ 永井荷風 「狐」
・・・彼等の此の異様な姿がぞろぞろと続く時其なかにお石が居れば太十がそれに添うて居ないことはない。然し太十は四十になるまで恐ろしい堅固な百姓であった。彼は貧乏な家に生れた。それで彼は骨が太くなると百姓奉公ばかりさせられた。彼はうまく使えば非常な働・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・それから公園へでも行くと角兵衛獅子に網を被せたような女がぞろぞろ歩行いている。その中には男もいる。職人もいる。感心に大概は日本の奏任官以上の服装をしている。この国では衣服では人の高下が分らない。牛肉配達などが日曜になるとシルクハットでフロッ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ みんなは、こんどはなんにももたないで、ぞろぞろ森の方へ行きました。はじめはまず一番近い狼森に行きました。 すると、すぐ狼が九疋出て来て、みんなまじめな顔をして、手をせわしくふって云いました。「無い、無い、決して無い、無い。外を・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ ぞろぞろ手法の模倣者が出た位鋭いものを持ってはいたが、本当に闘争するボルシェビックなプロレタリアートはしんからグロッスの漫画を好きになれなかった。 グロッスはアナーキスト的な世界観で、階級的醜と悪とを暴露したのはいいが、暴露しっぱ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 驚いてあとを見送っている閭が周囲には、飯や菜や汁を盛っていた僧らが、ぞろぞろと来てたかった。道翹は真蒼な顏をして立ちすくんでいた。大正五年一月 森鴎外 「寒山拾得」
・・・子供達は按摩の後からぞろぞろついてまた按摩の真似をし始める。彼は横に転がって静かになった外を見ると、向いの破れた裏塀の隙きから脹れた乳房が一房見えた。それはいつも定って横わっている青ざめた病人の乳房であった。彼が部屋へ帰って親しめる唯一のも・・・ 横光利一 「街の底」
・・・ やがて式がすんで、会葬者がぞろぞろと帰って行きます。狭い田舎道ですから会葬者の足がすぐ眼の前を通って行くのです。靴をはいた足や長い裾と足袋で隠された足などはきわめて少数で、多くは銅色にやけた農業労働者の足でした。彼はうなだれたままその・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫