・・・それが乱れ、雑り、重なって苔の上を照らすから、林の中に居るものは琥珀の屏を繞らして間接に太陽の光りを浴びる心地である。ウィリアムは醒めて苦しく、夢に落付くという容子に見える。糸の音が再び落ちつきかけた耳朶に響く。今度は怪しき音の方へ眼をむけ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 赤熱しない許りに焼けた、鉄デッキと、直ぐ側で熔鉱炉の蓋でも明けられたような、太陽の直射とに、「又当てられた」んだろうと、仲間の者は思った。 水夫たちは、デッキのカンカンをやっていたのだった。 丁度、デッキと同じ大きさの、熱した・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 在昔、欧羅巴の白人が亜米利加に侵入してその土人を逐い、英人が印度地方大洋諸島に往来して暴行をたくましゅうしたるもその一例なり。今日西洋において仏国盛なり英国富むというといえども、その富のよってきたるところは何処にあるや。竜動に巍々たる・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ また、草木は肥料によりて大いに長茂すといえども、ただその長茂を助くるのみにして、その生々の根本を資るところは、空気と太陽の光熱と土壌津液とにあり。空気、乾湿の度を失い、太陽の光熱、物にさえぎられ、地性、瘠せて津液足らざる者へは、たとい・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・その義は諸書に記して多き中について、我が国普通の書を『女大学』と称し、女教の大要を陳べたるものなるが、書中往々不都合にして解すべからざるものなきにあらず。例えば女子の天性を男子よりも劣るものと認め、女は陰性なり、陰は暗しなど、漠然たる精神論・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・己は人工を弄んだために太陽をも死んだ目から見、物音をも死んだ耳から聴くようになったのだ。己は何日もはっきり意識してもいず、また丸で無意識でもいず、浅い楽小さい嘆に日を送って、己の生涯は丁度半分はまだ分らず、半分はもう分らなくなって、その奥の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・西瓜などは日表が甘いというが、外の菓物にも太陽の光線との関係が多いであろう。○くだものの鑑定 皮の青いのが酸くて、赤いのが甘いという位は誰れにもわかる。林檎のように種類の多いものは皮の色を見て味を判定することが出来ぬが、ただ緑色の交って・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・はだかになって、生徒といっしょに白い岩の上に立っていましたが、まるで太陽の白い光に責められるように思いました。全くこの人は、救助区域があんまり下流の方で、とてもこのイギリス海岸まで手が及ばず、それにもかかわらず私たちをはじめみんなこっちへも・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・海が上の方に見えるどころか、誰だって自分の瞼の裏が太陽に透けてどんなに赤いかそれだけ見るのがやっとなのだ。が、こわいような、自分の身体がどこで止るか、止るまで分らず転がり落ちる夢中な感じは、何と痛快だろう! 転がれ! 転がれ! わがからだ!・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 運命の命ずるままに引きずられて、しかも益々苦痛な、益々暗澹たる生活をさせられる我身を、我と我手で鱠切りにして大洋の滄い浪の中に投げて仕舞いたかった。 始めの間は、家、子供、妻と他人の事ばかり思って居た栄蔵は、終に、自分自身の事ばか・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫