・・・ 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタイルのいい、好男子であったからであった。そのおかげで彼は打たれたことはなかった。しかし、彼は、なべて男が美しい女を好くように、上官が男前だけで従卒をきめ、何か玩弄物のように扱うのに反感を・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・百姓達には少しも日本の兵タイを恐れるような様子が見えなかった。 通訳は、この村へパルチザンが逃げこんで来ただろう。それを知らぬかときいているらしかった。 いくらミリタリストのチャキチャキでも、むちゃくちゃに百姓を殺す訳にや行かなかっ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・彼等と一緒に兵タイに取られ、入営の小豆飯を食い、二年兵になるのを待ち、それから帰休の日を待った者が、今は、幾人骨になっているか知れない。 ある者は戦場から直ぐ、ある者は繃帯所から、ある者は担架で病院までやってきて、而も、病院の入口で見込・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・また、やあ君か、おまわりさんかと思った、と他意なく驚く友人もありました。北方の海軍士官は、情無く思いました。やがて、その外套を止しました。さらに一枚、造りました。こんどは、黒のラシャ地を敬遠して、コバルト色のセル地を選び、それでもって再び海・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・私はあなたを、少しの駈引きも無く、厳粛に根強く、尊敬しているつもりでありますけれども、それでも、先生、とお呼びする事に就いては、たいへんこだわりを感じます。他意はございません。ただ、気持を、いつもあなたの近くに置きたいからです。私は肉親を捨・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・僕は他意なく失笑した。翌る朝、青扇夫婦はたくさんの世帯道具をトラックで二度も運ばせて引越して来たのであるが、五十円の敷金はついにそのままになった。よこすものか。 引越してその日のひるすぎ、青扇は細君と一緒に僕の家へ挨拶しに来た。彼は黄色・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・とにこにこ笑いながらハンケチで額の汗を拭っている光景を思うと、私は他意なく微笑む。ほんとによかったと思われる。芥川龍之介を少し可哀そうに思ったが、なに、これも「世間」だ。石川氏は立派な生活人だ。その点で彼は深く真正面に努めている。 ただ・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・ブラゼンバートは、この事実を知って大笑した。他意は無かった。ただ、おかしかったのである。 アグリパイナは、ほとんど復讐を断念していた。この子だけは、と弱草一すじのたのみをそこにつないだ。その子は、夏の真昼に生れた。男子であった。膚やわら・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ケサ、快晴、ハネ起キテ、マコト、スパルタノ愛情、君ノ右頬ヲ二ツ、マタ三ツ、強ク打ツ。他意ナシ。林房雄トイウ名ノ一陣涼風ニソソノカサレ、浮カレテナセル業ニスギズ。トリツク怒濤、実ハ楽シキ小波、スベテ、コレ、ワガ命、シバラクモ生キ伸ビテミタイ下・・・ 太宰治 「創生記」
――愛ハ惜シミナク奪ウ。 太宰イツマデモ病人ノ感覚ダケニ興ジテ、高邁ノ精神ワスレテハイナイカ、コンナ水族館ノめだかミタイナ、片仮名、読ミニククテカナワヌ、ナドト佐藤ジイサン、言葉ハ怒リ、内心・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫