・・・味噌漉の代理が勤まるというなんとか笊もある。羊羹のミイラのような洗たくせっけんもある。草ぼうきもあれば杓子もある。下駄もあれば庖刀もある。赤いべべを着たお人形さんや、ロッペン島のあざらしのような顔をした土細工の犬やいろんなおもちゃもあったが・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・…… 八 台所と、この上框とを隔ての板戸に、地方の習慣で、蘆の簾の掛ったのが、破れる、断れる、その上、手の届かぬ何年かの煤がたまって、相馬内裏の古御所めく。 その蔭に、遠い灯のちらりとするのを背後にして、お納・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「山に登らせたまひしより、明けても暮れても床しさは心を砕きつれども、貴き道人となしたてまつる嬉しやと思ひしに、内裏の交りをし、紫甲青甲に衣の色をかへ、御布施の物とりたまひ候ほどの、名聞利養の聖人となりそこね給ふ口惜さよ。夢の夜に同じ迷ひ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・浅草市羽子板ねだらせたを胸三寸の道具に数え、戻り路は角の歌川へ軾を着けさせ俊雄が受けたる酒盃を小春に注がせてお睦まじいとおくびより易い世辞この手とこの手とこう合わせて相生の松ソレと突きやったる出雲殿の代理心得、間、髪を容れざる働きに俊雄君閣・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 次郎はもはや父の代理もできるという改まった顔つきで出かけて行った。日ごろ人なつこく物に感じやすい次郎がその告別式から引き返して来た時は、本郷の親戚の家のほうに集まっていた知る知らぬ人々、青山からだれとだれ、新宿からだれというふうに、旧・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・私の恋の相手というのは逢うのに少しばかり金のかかるたちの女であったから、私は金のないときには、その甘酒屋の縁台に腰をおろし、一杯の甘酒をゆるゆると啜り乍らその菊という女の子を私の恋の相手の代理として眺めて我慢していたものであった。ことしの早・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・そうしてカメラの対物鏡は観客の目の代理者となって自由自在に空間中を移動し、任意な距離から任意な視角で、なおその上に任意な視野の広さの制限を加えて対象を観察しこれを再現する。従って観客はもはや傍観者ではなくてみずからその場面の中に侵入し没入し・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・一と口に云えば映画は観客の眼の代理者でありまたその案内者なのである。観客が到底行かれぬ場所へ観客の眼を連れて行って見せたいものを見せるのである。過去のある瞬間に世界のうちのある場所で起った出来事を映写器械のレンズで見た、その影像の写しをその・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・それからまた黒板に文字や絵をかいたりして説明する必要のある講義でも、もし蓄音機と活動写真との連結が早晩もう少し完成すれば、それで代理をさせれば教師は宅で寝ているかあるいは研究室で勉強していてもいい事になりはしまいか、それでも結構なようでもあ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・と御母さんは露子に代理の返事をする。「そう、何の御用なの」と露子は無邪気に聞く。「ええ、少しその、用があって近所まで来たのですから」とようやく一方に活路を開く。随分苦しい開き方だと一人で肚の中で考える。「それでは、私に御用じゃな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫