・・・同時にまたちぐはぐな彼等の話にある寂しさを感じていた。「兄さんはどんな人?」「どんな人って……やっぱり本を読むのが好きなんですよ。」「どんな本を?」「講談本や何かですけれども。」 実際その家の窓の下には古机が一つ据えてあ・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ だから僕に云わせると、氏の人物と氏の画とは、天岡の翁の考えるように、ちぐはぐな所がある訳ではない。氏の画はやはり竹のように、本来の氏の面目から、まっすぐに育って来たものである。 小杉氏の画は洋画も南画も、同じように物柔かである。が・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・はきものも、襦袢も、素足も、櫛巻も、紋着も、何となくちぐはぐな処へ、色白そうなのが濃い化粧、口の大きく見えるまで濡々と紅をさして、細い頸の、真白な咽喉を長く、明神の森の遠見に、伸上るような、ぐっと仰向いて、大きな目を凝とみはった顔は、首だけ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 三 ライオンを出てからは唐物屋で石鹸を買った。ちぐはぐな気持はまたいつの間にか自分に帰っていた。石鹸を買ってしまって自分は、なにか今のは変だと思いはじめた。瞭然りした買いたさを自分が感じていたのかどうか、自分にはど・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ 海岸に戯れる裸体の男女と、いろいろな動物の一対との交錯的羅列的な編集があるが、すべてが概念的の羅列であって、感じの連続はかなりちぐはぐであり、従って、自分のいわゆる俳諧的編集の場合に起こるような愉快な感じは起こらない。人間も動物も同じ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・このレヴューからあらゆる不純なものをことごとく取り去ってしまったもの、ちぐはぐな踊り子の個性のしみを抜き、だらしのない安っぽい衣装や道具立てのじじむささを洗い取ったあとに残る純粋の「線の踊り」だけを見せるとすれば、それは結局このフィッシンガ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・このちぐはぐな凹凸は「近代的感覚」があってパリの大通りのような単調な眠さがない。うっかりすると目を突きそうである。また雑草の林立した廃園を思わせる。蟻のような人間、昆虫のような自動車が生命の営みにせわしそうである。 高い建物の出現するの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・とにかく歯は各個人にとってはそれぞれ年齢をはかる一つの尺度にはなるが、この尺度は同じく年を計る他の尺度と恐ろしくちぐはぐである。自分の知っている老人で七十余歳になってもほとんど完全に自分の歯を保有している人があるかと思うと四十歳で思い切りよ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人間の寄り合いを尋ね歩いて、ちぐはぐな心の調律をして回るような人はないものであろうか。 物語に伝えられた最明寺時頼や講談に読まれる水戸黄門は、おそらく自分では一種の・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・しかし家庭の日常生活の中へ突然に、全く不連続的にそういう異分子が飛込んで来るときに、われわれはやはりそういうちぐはぐを感じない訳には行かないであろう。もっとも従来蓄音機などで始終こういうものに馴れていれば何でもないであろうが、自分の場合はそ・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
出典:青空文庫