・・・十六の少女として父さんと浜で重い材木を動かす手伝いをして働いた時から、ずっと勤労の生活が経験されていて、その経験は、天性の気質に、一つの現実的な厚いゆたかで強靭な裏づけを与えることとなっている。 作者がある意味で話し上手で、楽な印象を与・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎の父さんのところから、隣室で清書している母さんのところまでよちよちと書きあげられた原稿を一枚一枚運ぶ役をつとめた。ドーデはその回想・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
――ミーチャ、さあ早く顔あらっといで! お母さんは、テーブルの前へ立ってパンを切りながら、六つの息子のミーチャに云った。 ――もうすぐお茶だよ。 父さんは、朝日がキラキラ照る窓ぎわへ腰かけて、昨夜工合がわるかっ・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・「ひよろしがって居ますんだ。と云う。 私は、田舎の子の眼に見つめられる事にはなれっ子になって居たので格別間が悪とも思わなかった。「父さんや、母さんは? 淋しいだろう?とやさしい軽い笑をただよわせながら・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・車中、五六人の東山行の団隊、丸い六十近いおどけ男、しきりに仲間にいたずらをする。紙切を結びつけたりして。那須登山 三日目四五日目、Aの退屈、夏中出来なかった仕事のエキスキュースにされる。不快六日目 ひどい雨、あのまっくら・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織に爪皮のかかった下駄ばきで、菊花大会会場と立札の立っている方の小道へ歩いて行きました。 先達って靖国神社のお祭りの時は、二万人ほどの・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・そこには子供の父さんがいる。母さんも働いている。おとなしい日本のカメラは律儀にその人々にお辞儀をして、早口にものを云って、さっさときりあげて出て来る。ああここにはこういう生活がある、とその生活の姿に芸術の心をつかまれてグルリ、グルリと執拗に・・・ 宮本百合子 「「保姆」の印象」
・・・ 祖父は倒産した家を始末する時、祖母の分としては、家じゅうの小鉢と壺と食器とをやっただけであった。年より夫婦は茶から、砂糖から、聖像の前につける燈明油まで、胸がわるくなるほどきっちり半分ずつ出しあって暮しはじめた。その出し前について、い・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 黒毛の猫とあんまりやせた犬とはねらわれて居るようで、かべのくずれたのはいもりを、毛深い人は雲助を思い、まのぬけて大きい人を見ると東山の馬鹿むこを、そぐわないけばけばしいなりの人を見ると浅草の活動のかんばんを思い出す。 用い・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・大嘗会というのは、貞享四年に東山天皇の盛儀があってから、桂屋太郎兵衛の事を書いた高札の立った元文三年十一月二十三日の直前、同じ月の十九日に五十一年目に、桜町天皇が挙行したもうまで、中絶していたのである。・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫