・・・ 夢の中に現われる雑多な心像は一見はなはだ突飛なものでなんの連絡もない断片の無機的系列に過ぎないようであるが、精神分析学者の説くところによると、それらの断片をそれの象徴する潜在的内容に翻訳すれば、そういう夢はちゃんとした有機的な文章にな・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・オベリスクやエッフェル塔が空中でとんぼ返りをしたりする滑稽でも、要領がよいのでくすぐりに落ちずして自然に人のあごを解くようなところがある。「制服の処女」とこの映画とを比べても実によくドイツ人の映画とフランス人の映画との対照がわかるような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 疾くに故人となった甥の亮が手製の原始的な幻燈を「発明」したのは明らかにこれらの刺激の結果であったと思われる。その「器械」は実に原始的なものであった。本箱の上に釘を二本立ててその間にわずかに三寸四角ぐらいの紙を張ったのがスクリーンである・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・かくのごとくにして科学の進歩は往々にして遅滞する。そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼から産れ出るのである。 現今大戦の影響であらゆる科学は応用の方面に徴発されている。応用方面の刺戟で科学の進歩する事は日常の事で・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・それ故にこの疑問を解くことは我国の学問の正常な発達のために緊要なことではないかと思われるのである。自分などはもとよりこの六かしい問題に対して明瞭な解答を与えるだけの能力は無いのであるが、ただ試みに以下にこの点に関する私見を述べて先覚者の教え・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ 老子は虚無を説くから危険思想だとこわがる人があるそうである。しかし自分が電車で巡り合った老子の虚無は円満具足を意味する虚無であって、空っぽの虚無とは全く別物であった。老子の無為は自覚的には無為であるが実は無意識の大なる有為であった。危・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・「ずッと、家へもどっていい、夜業は三時間につけとくから」 のりバケツとポスターの束をかかえて、外へでるとき、主人にそういわれると、二人はていねいにおじぎしている。「オーイ」 古藤の下宿の下を通るとき、三吉はどなってみたが返事・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 谷中天王寺は明治七年以後東京市の墓地となった事は説くに及ぶまい。墓地本道の左右に繁茂していた古松老杉も今は大方枯死し、桜樹も亦古人の詩賦中に見るが如きものは既に大抵烏有となったようである。根津権現の花も今はどうなったであろうか。 ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・それは忍辱と諦悟の道を説く静なささやきである。 西行も、芭蕉も、ピエール・ロチも、ラフカヂオ・ハアンも、各その生涯の或時代において、この響、この声、この囁きに、深く心を澄まし耳を傾けた。しかし歴史はいまだかつて、如何なる人の伝記について・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・きつと何処にか抜穴を付けとくって云うぜ。一方口ばかし堅めたって、知らねえ中に、裏口からおさらばをきめられちゃ、いい面の皮だ。」 一同、成程と思案に暮れたが、此の裏穴を捜出す事は、大雪の今、差当り、非常に困難なばかりか寧ろ出来ない相談であ・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫