・・・世間にはこの目標を目障りだと言って見まいとするものもあるが、自分にはどうしても見えると言う方が正直としか思われない。従って今のところ、もし私の知識で人生の理想標榜というようなものを立てよというなら、まずさしあたりこれを持って来る。人生の理想・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・なんの目的で河が流れているかは知れないが、どうしても目的がありそうである。この男等の生涯も単調な、疲労勝な労働、欲しいものがあっても得られない苦、物に反抗するような感情に富んでいるばかりで、気楽に休む時間や、面白く暮す時間は少ないのであるが・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・王さまはその王女でなくてはどうしてもおいやなので、それなり今日までだれもおもらいにならないのでした。 ところが、今ウイリイの羽根を見てびっくりなすったのもそのはずです。羽根の中の画顔は王さまが今まで一日もお忘れになることが出来なかった、・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そしてどうしても遠ざかることが出来なかったのだわ。なんでもお前さんはその黒い目で、蛇が人を睨めるようにわたしを見ていて、わたしを化してしまったのだわ。今思って見ればわたしはお前さんにじりじり引き寄せられていたのだわ。両足を括って水に漬られて・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・人は、生活に破れかけて来ると、どうしても何かの予言に、すがりつきたくなるものでございます。悲しいことでございます。その辻占は、あぶり出し式になって居ります。博士はマッチの火で、とろとろ辻占の紙を焙り、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、は・・・ 太宰治 「愛と美について」
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、どうしても鳴る、カタカタと鳴る。もう厭になってしまっ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・眼の中には異様な光がある。どうしても自分の心の内部に生活している人の眼である。」「彼が壇上に立つと聴衆はもうすぐに彼の力を感ずる。ドイツ語がわかる分らぬは問題でない。ともかくも力強く人に迫るある物を感ずる。」「重大な事柄を話そうとす・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・あるだけのものを、どうしても働かしてゆけない運命にできているの。私たちに比べると、世間の人はそれこそしゃあしゃあしたもんや。私なんかそばではらはらするようなことでも平気や」おひろは珍らしく気を吐いた。「いつ見ても何となしぱっとしないよう・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・いいながら自分に腹がたってくる。どうしてもこの男にバカにされてしまう。――用件というのは、東京の「前衛」社から高島貞喜がくるという通知を受けとったこと、その演説会と座談会をやるため、印刷工組合と友愛会支部とで出来ている熊本労働組合連合会の役・・・ 徳永直 「白い道」
・・・然らずば何となく気が急いて、出て行けがしにされるような僻みが起って、どうしても長く腰を落ち付けている事が出来ない。 これに反して停車場内の待合所は、最も自由で最も居心地よく、聊かの気兼ねもいらない無類上等の Caf である。耳の遠い髪の・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫