・・・二人は真暗な中を手さぐりであり合せの古蓆や藁をよせ集めてどっかと腰を据えた。妻は大きな溜息をして背の荷と一緒に赤坊を卸して胸に抱き取った。乳房をあてがって見たが乳は枯れていた。赤坊は堅くなりかかった歯齦でいやというほどそれを噛んだ。そして泣・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それにしてもあんなやつ、外聞悪くて家にゃ置けない、早速どっかへやっちまえ、いまいましい」「だってお前さん、まだはっきりいやだと言ったんじゃなし、明日じゅうに挨拶すればえいですから、なおよくあれが胸も聞いてみましょう。それに省作との関係も・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「きっと、どっかに隠れているんだよ。」 みんなは、不思議な空の光に、感心しましたけれど、その光は、寒く、なんとなくすごかったのであります。 みんなは、怖ろしくなって、また、水の底に沈んでしまいました。「お母さん、もう春になっ・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・すると、私のその気勢に、今までじっと睡ったように身動きもしなかった銭占屋が、「君、どっかへ出るかね。」と頭を挙げて聞いた。 見ると、何んだか泣いてでもいたように、目の縁が赤くなっている。酒も醒めたとみえて、青い顔をしている。「な・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「なに、そんならいいんですが、またどっかへ遊びにでも出たかと思いまして」と中仕切をあけて、「火種を一つ貰えませんか?」「火鉢をお貸し」 為さんは店の真鍮火鉢を押し出して、火種を貰うと、手元へ引きつけてまず一服。中仕切の格子戸・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 娘はそれには答えず、「早くどっかへ連れて行って下さい」 それもそうだ。一刻も早くここは立去った方が良さそうだと小沢はうなずいて、歩き出した。 娘は小沢が着せてやったレインコートにくるまっていたが、やはりその下の裸を気にした・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・と手紙をふんだくるように取って「いいわ、そんな事をおッしゃるならこのお手紙をどっかへうっちゃってしまうから。」「イヤあやまった、それは大切の手紙だ、うっちゃられてたまるものか、すぐ源公に持たしてやっておくれ。お蝶さんはいい子だ。」「・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・「この札は、君が出したやつだろう。」 憲兵伍長は、ポケットから、大事そうに、偽札を取り出して示した。「さあ、どうだったか覚えません。――あるいは出したやつかもしれません。」「どっから受取った?」「…………」 栗島は、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ コーリヤは眼が鈴のように丸くって大きく、常にくるくる動めいている、そして顔にどっか尖ったところのある少年だった。「ガーリヤはいるかね?」「いるよ。」「どうしてるんだ。」「用をしてる。」 コーリヤは、その場で、汁につ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・子供の時からつめこまれた愛国心とかいうものがまだどっかに残っているのかな。何故、吾々がシベリアへよこされて、三年兵になるまでお国のために奉公して、露西亜人と殺し合いをしなければならないか。その根本の理由はよく分っている。吾々が誰れかの手先に・・・ 黒島伝治 「戦争について」
出典:青空文庫