・・・ ちょうど、ここに一羽の白鳥があって、北の海で自分の子供をなくして、心を傷めて、南の方へ帰る途中でありました。 白鳥は黙って、山を越え、森を越え、河を越えて、青い、青い海を遠く後にして、南の方をさして旅をしていました。白鳥は疲れると・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・アランや正宗白鳥のエッセイがいつ読んでも飽きないのは、そのステイルのためがあると思っている。このひと達へ作品からは結論がひきだせない。だから、繰りかえし読む必要があるし、そしてまたそれがたのしいのである。抜き書きをしない代り絶えず繰りかえし・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・正宗白鳥氏、内田百間氏。気になる余り、暇さえあれば読んでいる。川端氏、太宰氏の作品のうらにあるものは掴めるが、ああ、やってるなと思うが、もう白鳥、百間となると、気味がわるくてならない。怖い作家だ、巧いなあと思う作家は武田麟太郎氏、しかもこの・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・塵埃が積る時分にゃあ掘出し気のある半可通が、時代のついてるところが有り難えなんてえんで買って行くか知れねえ、ハハハ。白丁奴軽くなったナ。「ほんとに人を馬鹿にしてるね。わたしを何だとおもっておいでのだエ、こっちは馬鹿なら馬鹿なりに気を揉ん・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・たちまち花、森、泉、恋、白鳥、王子、妖精が眼前に氾濫するのだそうであるが、あまりあてにならない。この次女の、する事、為す事、どうも信用し難い。ショパン、霊感、足のバプテスマ、アアメン、「梅花」、紫式部、春はあけぼの、ギリシャ神話、なんの連関・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・家鴨は群れている方が家鴨らしく、白鳥は一、二羽の方が白鳥らしい。 夕方になって池の面が薄い霧のヴェールに蔽われるころになると何かしらほのかな花の匂いが一面に立ちこめる。恰度月見草が一時に開くころである。咲いた月見草の花を取って嗅いでみて・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ ある朝新聞を見ていると、今年卒業した理学士K氏が流星の観測中に白鳥星座に新星を発見したという記事が出ていた。その日の夕方になると涼み台へ出て子供と共にその新星を捜したらすぐ分った。しばらく見なかった間に季節が進んでいる事は織女牽牛が宵・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・あるいは藁苞のような恰好をした白鳥が湿り気のない水に浮んでいたり、睡蓮の茎ともあろうものが蓮のように無遠慮に長く水上に聳えている事もある。時には庇ばかりで屋根のない家に唐人のような漱石先生が居る事もある。このような不思議な現象は津田君のある・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・江上油のごとく白鳥飛んでいよいよ青し。欄下の溜池に海蟹の鋏動かす様がおかしくて見ておれば人を呼ぶ汽笛の声に何となく心急き立ちて端艇出させ、道中はことさら気を付けてと父上一句、さらば御無事でと子供等の声々、後に聞いて梯子駆け上れば艫に水白く泡・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて骨あらわなる白張燈籠目に立つなどさま/″\哀れなりける。上野へ入れば往来の人ようやくしげく、ステッキ引きずる書生の群あれば盛装せる御嬢様坊ちゃん方をはじめ、自転車はしらして得意気な・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
出典:青空文庫