・・・勝治は箸をぱちっと置いてお辞儀をした。立ち上って隣室へ行き、うたはトチチリチン、と歌った。父は顔色を変えて立ち上りかけた。「お父さん!」節子はおさえた。「誤解だわ、誤解だわ。」「誤解?」父は節子の顔を見た。「お前、知ってるのか。」・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 或る朝、三郎はひとりで朝食をとっていながらふと首を振って考え、それからぱちっと箸をお膳のうえに置いた。立ちあがって部屋をぐるぐる三度ほどめぐり歩き、それから懐手して外へ出た。無意志無感動の態度がうたがわしくなったのである。これこそ嘘の・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・別当がこんどは、革鞭を二三べん、ひゅうぱちっ、ひゅう、ぱちっと鳴らしました。 空が青くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。「裁判ももう今日で三日目だぞ、いい加減になかなおりをしたらどうだ。」山ねこが、すこし心配そう・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・亮二が不思議がってしげしげ見ていましたら、にわかにその男が、眼をぱちぱちっとして、それから急いで向うを向いて木戸口の方に出ました。亮二もついて行きました。その男は木戸口で、堅く握っていた大きな右手をひらいて、十銭の銀貨を出しました。亮二も同・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
出典:青空文庫