・・・ スウィッチを捻る音と共に、次の間はすぐに明くなった。その部屋の卓上電燈の光は、いつの間にそこへ坐ったか、タイプライタアに向っている今西の姿を照し出した。 今西の指はたちまちの内に、目まぐるしい運動を続け出した。と同時にタイプライタ・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・僕たちの中では、砂岡君がうまく撚る。僕は「へえ、器用だね」と、感心して見ていた。もちろん僕には撚れない。 事務室の中には、いろんな品物がうずたかく積んであった。前の晩、これを買う時に小野君が、口をきわめて、その効用を保証した亀の子だわし・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・人目を避けて、蹲って、虱を捻るか、瘡を掻くか、弁当を使うとも、掃溜を探した干魚の骨を舐るに過ぎまい。乞食のように薄汚い。 紫玉は敗竄した芸人と、荒涼たる見世ものに対して、深い歎息を漏らした。且つあわれみ、且つ可忌しがったのである。 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・この画房は椿岳の亡い後は寒月が禅を談じ俳諧に遊び泥画を描き人形を捻る工房となっていた。椿岳の伝統を破った飄逸な画を鑑賞するものは先ずこの旧棲を訪うて、画房や前栽に漾う一種異様な蕭散の気分に浸らなければその画を身読する事は出来ないが、今ではバ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それを十六本、右撚りなら右撚りに、最初は出来ないけれども少し慣れると訳なく出来ますことで、片撚りに撚る。そうして一つ拵える。その次に今度は本数を減らして、前に右撚りなら今度は左撚りに片撚りに撚ります。順に本数をへらして、右左をちがえて、一番・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・松吟庵は閑にして俳士髭を撚るところ、五大堂は寂びて禅僧尻をすゆるによし。いわんやまたこの時金風淅々として天に亮々たる琴声を聞き、細雨霏々として袂に滴々たる翠露のかかるをや。過る者は送るがごとく、来るものは迎うるに似たり。赤き岸、白き渚あれば・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・日本紙を幅五、六分に引き裂いたのに火鉢の灰を少し包み込んで線香大の棒形に捻る。その一端に火をつけて「火渡し」と云って次の人に渡すと、次の人は「しりつぎ」と答えて次へ廻す、それからだんだんに東京でいわゆる「尻取り」をするのであるが、言葉に窮し・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・た重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝した長襦袢の膝の上か、あるいはまた船底枕の横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るように前身をそらして、櫛の背を歯に銜・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・と仔細らしく髯を撚る。「わしは歌麻呂のかいた美人を認識したが、なんと画を活かす工夫はなかろか」とまた女の方を向く。「私には――認識した御本人でなくては」と団扇のふさを繊い指に巻きつける。「夢にすれば、すぐに活きる」と例の髯が無造作に答える。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・と圭さん、首を捻る。圭さんは時々妙な事に感心する。しばらくして、捻ねった首を真直にして、圭さんがこう云った。「それから鍛冶屋の前で、馬の沓を替えるところを見て来たが実に巧みなものだね」「どうも寺だけにしては、ちと、時間が長過ぎると思・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫