・・・なんせ、痩せおとろえひょろひょろの細い首しとるとこへもって来て、大きな髪を結うとりまっしゃろ。寝ぼけた眼で下から見たら、首がするする伸びてるように思うやおまへんか。ところで、なんぜ油を嘗めよったかと言うと、いまもいう節で、虐待されとるから油・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・何をしているのだと訊いたその声は老けていましたが、年は私と同じ二十七八でしょうか、痩せてひょろひょろと背が高く、鼻の横には大きくホクロ。そのホクロを見ながら、私は泊るところがないからこうしているのだと答えました。まさか死のうと思っていたなど・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・確かにこの外套を着た野郎です、ひょろひょろ歩いては木の陰に休んでいました。」「そうするとなんだナ、やはり死ぬ気で来たことは来たが昼間は死ねないで夜やったのだナ。」と巡査は言いながら、くたびれて上り下り両線路の間にしゃがんだ。「やっこ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・少年もそのころは、背丈もひょろひょろ伸びて五尺七寸ちかくになっていましたので、そのマントは、悪魔の翼のようで、頗る効果がありました。このマントを着るときには、帽子を被りませんでした。魔法使いに、白線ついた制帽は不似合いと思ったのかも知れませ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・灰色の、じっとして動かぬ大空の下の暗い草原、それから白い水潦、それから側のひょろひょろした白樺の木などである。白樺の木の葉は、この出来事をこわがっているように、風を受けて囁き始めた。 女房は夢の醒めたように、堅い拳銃を地に投げて、着物の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・紅梅は花が散ってしまっていて青青した葉をひろげ、百日紅は枝々の股からささくれのようなひょろひょろした若葉を生やしていた。雨戸もしまっていた。僕は軽く二つ三つ戸をたたき、木下さん、木下さん、とひくく呼んだ。しんとしているのである。僕は雨戸のす・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・文字さえ乱れて、細くまた太く、ひょろひょろ小粒が駈けまわり、突如、牛ほどの岩石の落下、この悪筆、乱筆には、われながら驚き呆れて居ります。創刊第一号から、こんな手違いを起し、不吉きわまりなく、それを思うと泣きたくなります。このごろ、みんな、一・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ことしも、兵隊さんの馬の桶からこぼれて生えて、ひょろひょろ育ったこの麦は、この森はこんなに暗く、全く日が当らないものだから、可哀想に、これだけ育って死んでしまうのだろう。 神社の森の小路を抜けて、駅近く、労働者四、五人と一緒になる。その・・・ 太宰治 「女生徒」
序唱 神の焔の苛烈を知れ 苦悩たかきが故に尊からず。これでもか、これでもか、生垣へだてたる立葵の二株、おたがい、高い、高い、ときそって伸びて、伸びて、ひょろひょろ、いじけた花の二、三輪、あかき色の華美を誇り・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・歩くにもなんだかひょろひょろするようだし、すわっている時でもからだがゆらゆらしていた。そして人間がするように居眠りをするのであった。猫が居眠りをするという事実が私には珍しかった。大きな発見でもしたような気がして人に話すと知っている人はみんな・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫