・・・自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子で言うなら主人役の位置に窓を開いていた。 時どき柱時計の振子の音が戸の隙・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・それは昭和十一年建てられた当時、墨の色もはっきりと読取られたものであるが、軟かい石の性質のためか僅か五年の間に墨は風雨に洗い落され、碑石は風化して左肩からはすかいに亀裂がいり、刻みこまれた字は読み難いほど石がところどころ削げ落ちている。自分・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・物騒な代の富家大家は、家の内に上り下りを多くしたものであるが、それは勝手知らぬ者の潜入闖入を不利ならしむる設けであった。 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフーンと好い香がした。沈では無いが、外国の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・落下、落下、死体は腐敗、蛆虫も共に落下、骨、風化されて無、風のみ、雲のみ、落下、落下――。など、多少、いやしく調子づいたおしゃべりはじめて、千里の馬、とどまるところなき言葉の洪水、性来、富者万燈の御祭礼好む軽薄の者、とし甲斐もなく、夕食の茶・・・ 太宰治 「創生記」
・・・安山岩かと思われる火山岩塊の表面が赤あかさびいろに風化したのが多い。いつかの昔の焼岳の噴火の産物がここまで流転して来たものと思われた。一時止んでいた小雨がまた思い出したようにこぼれて来て口にくわえた巻煙草を濡らした。 最後の隧道を抜けて・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・映画フィルムも現在のままの物質では長い時間を持ち越す見込みがないように思われるから、やはり結局は完全に風化に堪えうる無機物質ばかりでできあがった原板に転写した上で適当な場所に保存するほかはないであろう。たとえば熔融石英のフィルムの面に還元さ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・崖の風化した柔らかい岩の中に花崗石の大きな塊がはまっているのを火薬で割って出すらしい。石のくずを方七八分ぐらいに砕いて選り分けている。これを道路に敷くのだと見えて蒸気ローラーが向こうに見える。その煙突からいらだたしくジリジリと出る煙を見ても・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・たとえば風化せる花崗岩ばかりの山と、浸蝕のまだ若い古生層の山とでは山の形態のちがう上にそれを飾る植物社会に著しい相違が目立つようである。火山のすそ野でも、土地が灰砂でおおわれているか、熔岩を露出しているかによってまた噴出年代の新旧によっても・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・左れば夫の婬乱不品行は実証既に明白にして、此事果して妻たる者の身に関係なくして、隣の富家翁が財産を蓄え土蔵を建築したるの類に比較す可きや否や。隣家の貧富は我家の利害に関係なしと雖も、夫の婬乱不品行は直接に妻の権利を害するものにして、固より同・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫