・・・曾て日本の農村は一戸当り数百円の借金を持っているということが統計に言われて、農民の負債はいつも大きい社会問題になって来ていた。ところが最近数年の間には、全く逆の状態が現われた。つい先達てまで日本の農民は平均一戸当り一万円近い現金を保有してい・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・長者夫妻は非常な嘆きに沈んで、鷲が飛んで行ったその深山の中へ、子をさがしに分け入った。 玉王をさらった鷲は、阿波の国のらいとうの衛門の庭のびわの木に嬰児をおろして、虚空に飛び去った。衛門は子がなかったので、美しい子を授かったことを喜び、・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・『吾輩は猫である』のなかに描かれている苦沙弥先生夫妻の間柄は、決して陰惨な印象を与えはしない。作者はむしろ苦沙弥夫人をいつくしみながら描いている。だから私は漱石夫妻の仲が悪いなどということを思ってもみなかったのである。実際またこの日の夫人は・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫