・・・そこでたとえば前の例について言えば二分以下の間隔に飛び込む機会は三度に一度で、二分以上五分までの長い間隔にぶつかるほうは三度に二度の割合になる。実際は五分以上のものが勘定に加わるからおそらくこの割合は四度に三度ぐらいになる場合が多いだろうと・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ずいぶんいろいろの物を覚えいろいろの問題にぶつかる、そしていろいろの人間のいろいろの現象を見せてもらう事ができる。 世の中にはずいぶんいろいろな事が自慢になるものだと思う。ある婦人は月に幾回三越に行くという事を、時と場所と相手とにかまわ・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・あつい唇をむッと結んでいて、三吉はゴツンとぶつかるようなものを感じさせる。そのうち、学生たちがまだ彼の演説の内容について、ボルの革命論についてはてしなくいい争っているのに、気がつくと、高島は両手で膝をだいたまま、小さいカバンを枕にして、室の・・・ 徳永直 「白い道」
・・・――もっとも進んだってどう進んで好いか解らないのだから、何かにぶつかる所まで行くよりほかに仕方がないのです。私は忠告がましい事をあなたがたに強いる気はまるでありませんが、それが将来あなたがたの幸福の一つになるかも知れないと思うと黙っていられ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ところが、職業の種類で結婚のあいてにめぐり合うことがむずかしくなったり、結婚生活と職業とが労力的に両立しがたかったりして、そういう困難にぶつかると、女のひとはそれを我々の今日生きている社会のおくれた形から蒙っている男女の損失として見るより先・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ジェニファーの立場にいる女は、こうして多くの場合二面にぶつかるものをもたなければならない。それにひきくらべて、と、日本の女のひと、特にジェニファーに近い年ばえの女のひとが、この映画の祖母のわかりよさを愛すとすれば、そのことのなかに、一言にし・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・仕方がないから、一太は道傍の石ころを蹴飛ばしては追いかけて歩いたが、どうかしてそれが玉子の売れないのとぶつかると、一太は黙って歩いているのが淋しいような心配な気になった。「ね、おっかちゃん」「何だよ、ねえねえってさっきから、うるさい・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 転ぶまい、車にぶつかるまい、帽子を飛ばすまい、栄蔵の体全体の注意は、四肢に分たれて、何を考える余裕もなく、只歩くと云う事ばかりを専心にして居た。 肩や帽子に、白く砂をためて家に帰りつくと、手の切れる様な水で、パシャパシャと顔や手足・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・の読者は、精彩にみち、実感にふれて来るこの雄大な一作をよんだのち、満足とともに何とはなし自分の体がもう一寸何かにぶつかる味を味ってみたかったような気分に置かれることはないだろうか。いかにも完成された作品であり、豊かな完璧な作品にちがいない。・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・また舟を進めながら、しきりに近くの蕾に注意していると、偶然にも、最初の一ひらがはらりと開く場合にぶつかることがある。いかにもなだらかにほどけるのであって、ぱっと開くのではない。が、それとは別に、クイというふうな短い音は、遠く近くで時々聞こえ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫